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新しい名前



 自分で自分の記憶が思い出せなくなっていく。自分が目の前に広がる景色の中で生きてきたはずなのに、いつの間にか全てが入れ替わっている。体はしおりにとられ、精神も侵され自分に残された唯一の希望も失うのだろうかと震えてしまう程。


 自分がここまで「弱い」人間だったなんて、全てを失って初めて気づくものなのだと改めて実感する。何も出来ない、したくない。でも……でも。


 蒼の身が危ない。


 私のふりをして彼に近づいたと言う事は、彼も適合者の可能性が高い。きっとイシスとは違う立場として産まれてきた人間の一人だろう。私が知っている情報以外にも隠されているものがあるとは思っていたが……ここまで確信を得る事が出来なかった。


 ──今までは


 レイカの残り香が私の心を真っ黒に染めていく。自分の愛した人間を元に戻す為にイシスと融合する決意をした純粋な気持ちの私はもういない。死んだのだ。


 「新しい名前が欲しい」


 ふとそんな言葉が漏れた。自分の感情が麻痺していてどんな心情なのかよく理解出来ていない。それでもこれも私なのだ。


 今の私は名前さえも奪われた『ナナシ』だ。自分の生きてきた人生が歪んでいたのも分かっている。それでも唯一の願いの為だけに生きてきた。


 「でも、それももう終わり」


 夢は所詮夢なのだ。私には荷が重すぎた。そんな答えしか出せない私はレイカの残り香をかき消すような甘い香りに気付く。うずくまっている体を起こし、振り返ると黒い人影がいた。雰囲気と骨格的に男性と言うのか分かる。でもそれ以外に誰かを特定するものはなく、ただただ鼻が焼けそうな位の甘ったるい匂いに眩暈がする。


 「ミドリ」

 

 人影はそう言うと私の方に指を向ける。


 「え?」

 「君の新しい名前は『ミドリ』だよ」

 「……」


 知らない人……と言うよりかは存在に言われてもしっくりこない。私はキョトンとしながら先ほどまで抱えていた闇と思考をシャットダウンさせてしまう。


 「そう聞こえたから。名前が欲しいんだろう?」

 「そうだけど……貴方は?」


 黒い人影はニヤリと笑うと、ふうと息を噴き出す。すると男を纏っていた闇はいつの間にか光に変化し、そこには美しい青年が現れた。


 ここは本当に自分の心の奥底なのかと思ってしまうくらいに美しく、死の世界の住人のような存在に震えそうになりながらも、グッと堪える。


 「大丈夫だよ、君の願いは叶うから」


 ニコッと微笑みながら近づいてくる青年は冷たさを纏いながらも、私の警戒心を解かせる為に微笑みながら近づいてくる。


 そうやって少しの時間だったのに、あっと言う間に目の前まで辿り着いてしまった青年の顔を凝視しながら、身を構える事しか出来ない。


 「このままでいいなら僕の手を取らなくていいよ。でも未来を変えられる事があるとするならどうする? とるもとらないも君が決める事だけどね」


 スッと差し出された右手に引き寄せられるように、私は彼の手を握った。

 何故だか分からない。見えない力に引き寄せられるかのように、勝手に動く自分自身の体に驚きながらも、戸惑う。


 「そう。それが君の答えなんだね。ミドリ」


 

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