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金木犀

作者: まゆりえ
掲載日:2018/10/09

 甘い甘い金木犀の香りは、私の思考を狂わせる。




 貴史は隣の席だった。

 就職が決まらず、親のコネでなんとか潜りこんだ会社で出会った。


 若い人が少ない会社で、私たち二人は自然と仲良くなった。

 仕事帰りに食事をしたり、休日に一緒に出かけたりするうちに、気が付けば付き合うようになっていた。


 最初のキスは、自宅近くまで送ってもらったとき。

 甘い金木犀の香りに包まれて、幸せだった。


***


「お帰りなさい。」

 リビングに入ってきた貴史に声をかけると、ギョッとした表情(かお)をした。


「遅くなるから、先に休んどけって言ったよな。」

 そう言って、常夜灯から普通のライトに切り替える。


「良いじゃない、待ってたって。」

「待つにしても、待ち方ってもんが有るだろ。薄暗い部屋で何にもせず待つって…。」

「なら、まっすぐ帰った来ればいいじゃない。毎日遅くまで、どこで何してるの。」


 貴史が溜め息をついて言った。

「寝る。」


 以前はよく言い争っていたが、最近は言い争いにまで発展しない。貴史が溜め息をついて、おしまいだ。


 寝室ではなく、隣の和室に向かう貴史からは、酒とたばこの入り混じった、悪臭としか言いようのない臭いがした。


***


 貴史には付き合ってる女性がいる。

 それを知ったのは、初キスの後、すぐだった。


 学生時代の友人と久しぶりに会った帰り、女性と腕を絡ませて歩く、貴史を見かけた。

 貴史を目で追いながら電話してみたら、スマホの画面を確認はしたものの、そのままポケットに突っ込んだ。


 翌日、すぐにでも問い詰めたかったが、昼休みまで我慢した。

 お昼のチャイムと同時に、貴史を非常階段まで引っ張り出し問い詰めたところ、別れ話を持ちかけているが、相手の女性がなかなかうんと言わない、と言われた。


「お願い。ちゃんと別れて。もう一度話をして。」

「わかってるよ。今週末、会ってくる。」


 週末、貴史の事を信じていない訳ではなかったけど、どうしても落ち着かなかった私は、こっそり跡をつけた。


 貴史の向かった先は、学生街の隅っこにあるアパートの二階だった。

 インターフォンのボタンを押すと、この間見た女性が笑顔でドアを開けた。


 笑顔?別れ話をしてるんじゃないの?


 貴史は女性の腰に手を回すと、仲むつまじく、としか言いようのない様子で、部屋の中に消えた。


 私は、今見た光景が信じられないまま、その場を後にした。


 それから半月ほど経っただろうか。

 結花、あの女がいなくなったと聞かされたのは。


 職場での人間関係がうまく行かず、退職して実家へ帰ると言っていたそうだか、退職はしたものの実家へは帰っておらず、行方が分からないとのことだった。


 その話をする貴史は、少し憔悴しているように見えた。

 二股かけてた相手に話す内容では無いよね、と思いながらも、母性本能をくすぐられた私は、手料理で慰めることにした。

 メニューはビーフシチューだ。


「何にも言わずにいなくなった女のことなんか、さっさと忘れちゃえば良いのよ。男の人って、なかなか忘れられないのかしら。女は、忘れられるのよ。ほら、出産の痛み。忘れられるから二人目・三人目を産めるの。だからあなたも、早く忘れて。」


 あの、アパートの部屋へ二人が仲良く消えた日から、どことなくギクシャクしていた私達だったが、その日を境に、また元のように仲良く、いや、以前よりもずっと親密な関係になった。

 

***


 洗濯物を干そうと窓を開けると、どこからか金木犀の香りが漂ってきた。

 匂いは、記憶を呼び起こすって、どこで聞いたんだっけ。


 付き合い始めた頃の私は、こんなに独占欲の塊のイヤな女では無かったはずだ。

 いつからこんなになってしまったんだろう。


 結婚を機に、退職して家にこもってしまったのが悪かったんだろうか。

 貴史を束縛しすぎたかもしれない。

 もう一度、あの頃に戻りたい。


 そう思った私は、今の気持ちを貴史にLINEで送った。

 すると

『今日は早く帰る』

 とだけ、返事がきた。


 だから、夕食は腕によりをかけて作ることにした。

 メニューはビーフシチュー。

 あの女がいなくなったときに、私の中ではお祝いの気持ちを込めて作った料理だ。


 サラダに使うリーフレタスは、ベランダのプランターで育てているのが、まだあったはずだ。

 テーブルに飾る花も、プランターから切ろう。ポットマムが良いかな。


 ちょっとだけ奮発して買った、和牛のスネ肉がホロホロになった頃、貴史が帰ってきた。


「お帰りなさい。」

 満面の笑みで、出迎える。

「今日は、ビーフシチューにしたの。貴史、好きよね。」


「晩飯、要らないから。」

「え…?」

「早く帰ってきたのは、お前にちゃんと伝えるべきだと思ったからだ。」

 そこで貴史は一呼吸置いた。


「別れてくれ。」

 頭の中が、一瞬真っ白になった。


「お前には、もううんざりだ。仕事で疲れて帰ってきたら、毎日陰気な顔見せられて。今日はどこで何をしていたか、誰と会ったのか、事細かに訊いてくるだけじゃない。スマホも全部チェックしてるよな。」


「だって、それは貴史が…。」


「そんなに信用出来ないんなら、何で一緒になった。俺だって、お前には悪いことしたと思ったよ。だから、面倒でも全部答えたし、これからは誠実になろうと、」


 そこまで聞いて、急に可笑しくなってきた。それが顔に出てしまったみたいだ。


「何、笑ってる。」

「誠実?ふざけないで。あなたみたいな優柔不断な男、あの女がいなくならなかったら、未だに二股かけてるわよ。」

「何だと。」

「それも似たような見た目の女に二股って、バカじゃないの?」

「っ…!」

 頭に血が上った貴史が、胸ぐらを掴んできた。


 その時、キッチンの細く開けた窓から、金木犀の香りが漂ってきた。

 そうだ、思い出した。


「そうよ、だから、私が一人減らしてあげたのよ。」

「え…お前、何言って…。」


「何で私、忘れてたんだろ。ちゃんと覚えてたら、毎日笑顔で、貴史のこと出迎えてあげれてたのに。」

 思い出したら、笑いが止まらなくなってきた。


「お前、結花に何をした。どこへやった!」

 胸ぐらを掴んでいる貴史に、揺すぶられる。


 私は笑いながらゆっくりと右手を伸ばし、貴史の頬を撫で上げた。

「ここにいるじゃない。」


「え…?」

 貴史の手がゆるんだ。


「だから、あなたの中にいるでしょ。」


 私から手を離し、貴史は床に崩れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 似た様な作品を過去に執筆した為か途中からオチは読めてました。ありがちな展開なんだなあ、女性には…と内容以前にそこら辺の共通心理が微妙に怖かったです。
2019/01/04 17:45 退会済み
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