六話目
〈ネタバレ〉 圧倒的綾瀬回
仕事を終わらせ、なんとか家に帰ってくる。
「お兄ちゃんおかえりー」
「ただいま」
妹の出迎えをやり過ごし、リビングのソファで横になる。
「あぁ……」
眠い。眠すぎる。
いやもうオールで仕事をするべきじゃないと、ひどく痛感した。
仕事中はアクビをしながら、作業を進めるんじゃなくて、作業ミスを起こさないようにする心構えだった。
あれから、綾瀬と一晩過ごし、朝になったら綾瀬を駅まで車で送り、そのまま仕事をしに行った。
「ふぁ〜……」
家にいることによる安心感に襲われ、眠気が強くなってくる。
「やばい……」
そうしてそのまま、意識がブラックアウトした。
☆☆☆☆
「ん……」
えまって、どうしようこれ。
天川くんが、ソファで寝てる。
普段は凛々しい分、寝てる姿はあどけないからか、ギャップがすごい。
ギ ャ ッ プ が す ご い
「頭撫でても、起きないよね?」
そーっと、ゆっくりと天川くんの頭に手を乗せる。
少しだけごわごわした髪が、手のひらにチクチクと刺さる。
けど、痛いとかではなく、どちらかと言えば痛気持ちいいほどの固さ。
置いた手をそのままスライドしていく。
「ふぁ〜……」
私、すごい幸せかもしれない。
本当は膝枕とかしたいけど、まだ彼女でもないのに、彼女面するのは良くないし……。
「えっとさ、お義姉ちゃん」
「きゃ!?」
突然、後ろから声をかけられびっくりした。
頭を撫でるのを止めて、すぐに振り返る。
「イチャコラするのはいいんだけど、そろそろご飯出来るから、お兄ちゃんのこと起こして」
「え? あ、うん。分かった……」
本当は起こしたくない。
出来ればもうしばらくは頭を撫でていたい。
五時間くらいは撫でていたい。
「それじゃ、お母さんの手伝いするから、お兄ちゃんのこと任せたよ」
一生任せてください!
子供は二人か三人作って、幸せな家庭を築いてみせるから!!
「えっと……、天川くーん」
油断したら本音が出そうなので、天川くんのことを起こす。
体を揺さぶり、起こそうとするが、
「んんー……」
全然起きてくれない。
でもなんだか、新婚出来たてホヤホヤ夫婦みたいで嬉しかったり。
朝ごはんを作り終えて、好きで大好きで大大大好きで世界中の誰よりも愛してる夫を起こす妻の図。
「え、えへへ……」
「ねえお母さん、お義姉ちゃんが突然不気味な笑いを出してるんだけど、どうかしたのかな」
「さあ? まあ別にいいんじゃない。なにか良いことでも考えてるんでしょ」
バレてた!?
つい弛んでしまった頬を、一度引き締めて、天川くんを起こす。
「天川く〜ん、ご飯だよ〜?」
さっきと同じように、揺さぶりなら声をかける。
全然起きてくれない。
「ねえお母さん、なんでお義姉ちゃんはあんなにも優しく揺らしてるの? 起きると思う?」
「全く思わないわね。むしろ睡眠を促してるようにしか見えないわ」
☆☆☆☆
「……てー。おき……」
誰かの声が聞こえる。
微睡みの中、優しい声音が聞こえる。
暗くなっていた視界に、光が入ってきた。
「あ、起きた?」
目の前には、天使がいた。
いや、天使なんて言葉じゃ足りないほどの天使がいた。
「おーい」
優しい声が聞こえる。
とても優しい声だ。
母親が赤子をあやすような、そんな気持ちが伝わってくる。
「綾瀬……」
「なにー?」
「ぁ……」
腕を伸ばし、彼女の頬に触れる。
暖かい温度が手に伝わり、心に安心感が生まれた。
ずっと触っていたい。
というか、なんで綾瀬がここにいるんだろう。
朝、送迎したはずなのに。
(あぁ、そうか。あまりにも好き過ぎて、とうとう幻覚として現れたのか)
ずっと触れることも、見ることさえ出来なかった、最愛の人。
連絡手段もなく、一人で生きていくことになると悟った、中学の卒業式。
それが、今では成人式で再会を果たし、ホテルで一泊までした。
おまけに連絡先まで持っている始末。
「なぁ、綾瀬」
「どうかしたの?」
眠気も酷いし、幻覚にはさっさと退場してもらおう。
「ずっと……、ずっと……」
「ずっと……?」
眠気に抗えず、そのままダウンした。
「え!? あ、ちょっと、天川くーん!?」
なにか聞こえるが、俺の耳に入ることはない。
(おやすみ)
幻覚にさえ、挨拶をするんだから、どれだけ好きなんだろう、と。
自分でも笑ってしまう。
そしてまた、俺の意識は暗闇の世界へ落ちていった。
☆☆☆☆
「あれ……? 俺……」
意識が一気に覚醒され、目を覚ます。
辺りを見渡せば、部屋は暗く、物音すらない。
時計を見ると、22時ちょっと前。
「うわまじか……。昼夜逆転しちゃったじゃん……」
どうしようか。
無理にでも寝ないといけない。
「ん? これって」
ソファから立ち上がり、テーブルの上を見ると、
『仕事は体が基本。ちゃんと食べなさい』
と書かれたメモ用紙が置かれている。
メモ用紙の下には、ハンバーグと野菜などが盛り込まれたお皿があった。
「……温め直して食べるか」
メモ用紙を側に置き直し、レンジの中に入れる。
適当に設定ボタンを押して、温めスタート。
ボタンが色々あるからなに押せばいいのか分からないけど、まあ何とかなるだろう。
「あれ? 天川くん?」
「ん?」
そこで、この場にいるはずのない声が聞こえ、思わず振り向く。
そこには、なんと綾瀬がいた。
「え? え? な、なんでここに……?」
「……明日と明後日は講義が無くて、それで、天川くんのお母様に連絡を取ってみたら、泊まりに来なさい、って」
「いやおかしいだろ」
綾瀬の両親はどう思ってるのか。
「あ、一応は課題道具を持ってきてるから、大丈夫だよ」
「いや、うん……。まあいいや」
ていうか百合は学校あるし、俺もあの人も仕事があるから、必然的に綾瀬一人になってしまうんだが。
そこのところいいのか。
「大丈夫。昼間は課題してるから。天川くんが心配することはないよ」
「へぇー」
社会人になれば宿題なんて無いからな。
お金も貰えるし。
素晴らしいところだ。
そこで、軽快な音が鳴った。
「あ、終わった」
レンジを開けて、中の物を取り出す。
「綾瀬は寝なくていいの?」
「天川くんが起きてるなら、私も起きてるからまだ寝ないよ」
そういうことを言うのは止めてほしい。
心臓に悪すぎる。
リビングの席に着いて、合掌を一つ。
「私も座っていい?」
「ん? おういいぞ。じゃんじゃん座れー」
「いや一つしか座れないよー」
それもそうか。
温め直したハンバーグを一口。
お米が無いけど、まあいいだろう。
一日や二日食べなくても、支障はない。
「あ、これ結構美味しいな」
「え、ほ、本当!?」
「うぉ!」
突然、綾瀬が大声をあげたからびっくりした。
「ど、どうかした……?」
「え、あ、ご、ごめんね!? びっくりさせちゃって」
「あぁいや、それは良いんだけど」
「えっとね、そのハンバーグ、私が作ったんだ」
「え!?」
今度はこっちが驚いてしまう。
料理と綾瀬を何度も見て、驚きながらも声を出す。
「めっちゃ美味しいよ! これはもう、俺の母親を超えるレベルだよ」
言い過ぎかもしれないが、親の料理と好きな人の料理を天秤にかければ、重いのは後者だ。
親の料理も大事だけど。
「そ、そこまでは言い過ぎだよ……」
顔を赤くして首を振る綾瀬。
本当にもう、好きな人の行動全てが可愛く見える。
何でもかんでも可愛い。とにかく可愛い。最高に可愛い。
キュートオブキュート。
「でも、綾瀬って料理上手いんだね」
「うん。高校時代、料理部に所属してたから」
「え、そうなの?」
「やっぱり、料理できる方が良いかなーって」
まあ確かに、料理できる女の子と料理できない女の子じゃ、みんな前者の方が好感持てるだろう。
逆に料理できなくても、一緒に覚えていく、という思い出もできるから、俺からしたらどっちでもいいけど。
「綾瀬はすごいなぁ。これは将来、良いお嫁さんになれるよ」
「ふぇ!? あ、ありがとう……」
ご飯を食べながら話していたので、料理を食べ終える。
「ごちそうさま」
「お、お粗末様でした」
恥ずかしそうに微笑む綾瀬。
やばい今のは。
なにがやばいって、一瞬だけ、新婚夫婦のようなものを考えてしまったことだ。
ていうか待ってほしい。
俺さっき、良いお嫁さんになれるよとか言わなかった?
むしろ俺のお嫁さんになってほしい。
毎朝、俺のために味噌汁を作ってくれ!
「ご飯も食べたし、俺はお風呂に入るよ。綾瀬はどうする? もう寝ててもいいけど」
「あ、えっとね、私もお風呂まだなんだ」
「え、そうなのか」
今まで何をしてたんだこの娘。
「だから……、その……」
顔を赤らめながら、とんでもないことを言い出した。
「一緒に、お風呂入ろ?」
……………………ふぁ!?
舞台裏
「聞いたわよー? 貴一のこと好きなんだって?」
「ふぇ!? ど、どうしてそれを……!?」 「百合が嬉々として教えてくれたわよ?」
「ちょ、百合ちゃん!!」
「まあまあ落ち着いてよお姉ちゃん、むしろこれはチャンスだよ!」
「ち、チャンス……?」
「ええそうよ。貴一は惰眠を貪ってる今、アピールチャンスなのよ」
「あ、アピール……」
「ご飯を作ってあげなさい。女の子にご飯を作ってもらって、喜ばない男はいないわ」
「…………」
「分からなければ、私が教えてあげるから」
「わ、分かりました……っ!」
ということがあったとかなかったとか
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