二十五話
ご愛読、ありがとうございました。
「どうします? 旦那さんも撮ります?」
「ああいえ、流石にそれは……」
「おや、そうですかい? それでは、お二人とも並んでくださーい」
「あ、はい」
ドレスを纏った沙雪の隣に、スーツを着た俺が並んで立つ。
「まさか、こんなサプライズしてくれるなんて」
「去年、クリスマスに何も用意してなかったから。それにほら、あの時は俺からホワイトクリスマスを渡したけど、今度は、沙雪からホワイトクリスマスをもらおうと思ってさ」
ドレスも白いし、同じホワイトでしょ。という安直な考え。
「もう、外でそういうこと言うの禁止」
「ごめんごめん」
「お二人ともー、本来の目的を忘れないでくださいねー」
カメラマンから茶化され、二人で仲良く顔を赤くする。
「はい、撮りまーす」
何枚か撮られながら、沙雪のお腹に目を向ける。
そこには、少しだけ大きくなったお腹があった。
「大きくなったな」
「そうだね。お腹が大きくなっていくの、貴一くんの愛情があるんだって思えて、幸せなんだ」
「……それは良かった」
照れながら、少しだけ目を背ける。
その後も、撮影は滞ることなく、無事に終了した。
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「沙雪、あまり無理する必要はないからな?」
「もぅ〜、心配し過ぎだよー。少しは運動しないとなんだよ?」
「いやそうは言うけどさ……」
なんだかんだ、まあまあ大きくなったお腹を見る。
心配になるのは仕方ないと思う。
「それに、今日は椅子に座るだけなんだよ?」
「それは聞いてる。だからこうして付いてきてるわけで」
「ふふっ。でも、そんな貴一くんも好きだよ?」
「……そりゃどーも」
場所は、沙雪の通う大学の体育館。
ただ、小学校や高校とは違って、かなり大きい。
コンサート会場みたいな場所だ。
椅子が三階まである。
ただ、卒業生しかいないので、一階にある椅子で数は足りてるようだ。
俺たちは、沙雪が妊婦という都合上、二階にいる。
……ふむ。
「見るがいい。人がゴミのようだ」
「突然どうしたの?」
「なんでもない」
しかしまさか、こんな形といえばこんな形だが、まさか沙雪と大学に来ることになるとは思わなかった。
沙雪がいなかったら、迷子になりそうなほど広い敷地。
俺一人だったら、絶対に入学できないところだ。
「未来に羽ばたく若人たちよ!」
沙雪と一緒にいたら、校長先生みたいな人が出てきた。
大学だと、校長先生って言わないよな。
なんて言うんだ?
「校長先生?」
「学長だよ」
学長という名称のようだ。
一つ為になった。
明日には忘れてそうだが。
その後、学長が長い話を終えた後、卒業生一人ひとりに卒業証書を渡していくことに。
ちなみに、沙雪には個人的に渡されるらしい。
まあ、妊婦を歩かせるわけにもいかないし、変に目立つもんな。
これは後で聞いた話だが、妊婦にもなってこうやって卒業式に出られるのは、沙雪の単位と日頃の行いが良いかららしい。
沙雪となんでもない世間話をしていたら、全生徒に配り終えたらしい。
これから、各家庭で集まって写真撮影などの自由時間があるようだ。
「さて、卒業証書貰ったら帰る?」
「うん。帰ろっか」
脇に置いておいた車椅子を持ってくる。
「ほら、座って」
「うん、ありがとう」
ちなみに、今回は車で来た。
妊婦を電車に乗せるなんて、そんな危ないことはできない。
車椅子を押しながら、今日のご飯の献立を決めていく。
今日も天川家は平和です。
☆☆☆☆
「貴一くん、家でちゃんと過ごせてる?」
「いやいや、心配し過ぎでしょ。これでも社会人よ」
「でも貴一くん、生活力が低いから……」
「俺の心配はしなくていいよ。それより、自分の体調を心配してくれ」
「うん…」
産婦人科のベッドで、のんびりと横たわる沙雪と会話をする。
ちなみに、昨日は肉を焼こうとしたら火柱が上がり、料理どころではなくなった。
あらかじめ、消火器を買っておいて正解だった……。
「私がいるときは、ご飯は私が用意できたけど、今はこんな状況だし……」
「ちゃんと自分のことは自分でできるよ」
まあ、キッチンやリビングは大惨事になってるけど。
沙雪が退院する前日、ハウスキーパーを頼んで綺麗にしてもらおうと画作している。
俺に家事なんてできない。できるのは火事だけ。
「うぅ……。心配だよぉ〜」
「まあまあ。それより、体調とかどう? 家から持ってきて欲しいものはある?」
「今のところは大丈夫。ごめんね、荷物持ちみたいなことさせて」
「いやいや、これくらいしかできないから。そのくらいはさせてよ」
「うん。ありがとう」
沙雪が入院してからは、毎日カップ麺生活が続いている。
バレたら怒られるので、絶対に教えない秘密だ。
墓まで持っていく。
と、そんな時、沙雪のご両親がやってきた。
「あ、お疲れ様です」
「あら貴一くん。こんにちは」
「そんなに畏まらなくても構わないよ。ほら、椅子に座ってくれ」
「あ、はい」
椅子に座り直す。
ただ、お二人ともなかなか良い関係を築けていると自称している。
最初の頃は、少し硬い糸のようなものがあったが、今はそんな糸も解け、家族とは行かないまでも、それに近い関係になっている。
そんな気がした。
「それで、沙雪は大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ、お母様」
「それならそれでいいのよ。初めての出産で不安も多いと思うけど、貴女なら問題ないわ」
「はい」
……なんていうか、娘が親に対して敬語を使うってのは、違和感あるよなぁ。
他人の家庭なので、あまり口出しはしないし、本人たちがそれでいいなら、それでいいんだが。
「貴一くんも、毎日来てくれてありがとう」
「いえいえそんな。とんでもありません」
「私たちの頃は、仕事でなかなか家に帰れなくてね。妻を一人にさせていたんだ」
「あなた……。別に、私は気にしてないわ」
「ああ、ちゃんと分かっているよ。だから貴一くん、勝手で済まないが、沙雪にはそんな寂しい思いをさせないでくれるかな」
「はい。もちろん分かっています」
「そうか。それはよかった。それじゃあ、私たちはそろそろ行くよ」
「もう行ってしまうんですか? 来たばかりなのに」
「何言ってるのよ、沙雪。新婚夫婦の邪魔をするほど、私たちは野暮じゃないわ」
お義母さんがそんなことを言うと、紗雪の顔が赤くなる。
かくいう俺も、少しだけ恥ずかしい。
「それじゃ貴一くん、あとは頼んだよ」
「はい」
お義父さんは俺の肩に手を置いてから、夫婦揃って病室から出て行った。
「……なあ沙雪」
「ん?なぁに?」
「出産予定日に変更はないんだよな?」
「うん、ないよ」
「分かった。その日はちゃんと休みを取ってあるから、朝からいるよ」
「ありがとう。私も、傍に貴一くんがいると、すごく安心する」
「……それじゃあ、また明日来るから」
「うん」
俺も、病室を後にする。
なんだかんだ、面会時間もギリギリなのだ。
☆☆☆☆
そして、出産予定日がやってきた。
「貴一くん、ちゃんといるよね?」
「ああ、ちゃんといるよ」
「うん。よかっ──ううん!?」
陣痛が始まった。
すでに、分娩室まで担架で運ばれている。
「お父さんは、是非とも奥さんの手を握っててくださいねー!」
ナースの人が真剣な声を出している。
正直、出産の時、男にできることはない。
ただこうやって、手を握ることしかできない。
それがどれだけもどかしいことか。
分娩室に通される。
「ゆっくり呼吸してくださいねー」
「は、はい……」
「いきますよー。ヒィ、ヒィ、ふぅー」
「ヒィ、ヒィ、ふぅー」
ナースと沙雪のやりとりを聞きながら、沙雪の手を握りしめる。
時々、強く握られる時があるが、その時はこちらも強く握り返す。
傍にいることを、実感させるように。
「貴一くん……! 貴一くん……!」
「沙雪! 俺はここにいるよ。どこにも行かないから」
「うん……っ!」
数十分に一度、こんなやりとりをする。
そして、何時間が経過しただろう。
逆子だった、なんてこともなく。
無事、出産も終わった。
長い時間だった。そして、短いとも言える時間。
今は、子供はベッドの隣で寝ている。
それと一緒に沙雪も出産の疲れからか眠ったままだ。
「…………んっ」
頭を撫でていると、沙雪が目を覚ました。
「おはよう」
「……うん。おはよう、貴一くん。私、頑張ったよ。頑張って、貴一くんとの赤ちゃん産んだよ」
「ああ。ちゃんと見てた。頑張ってくれてありがとうな」
「うんっ」
子供を産んだとは思えない、屈託のない笑顔。
本当に、こんな子が俺の妻でいいのかと思ってしまう。
「……ねぇ貴一くん」
「ん? 何かご褒美が欲しい?」
「んー。ずっと我慢してたから、またエッチしたい」
「昨日の今日産んだのに……?」
性欲魔人かと疑う。
慄いていると、彼女は口を開く。
「そうじゃなくてね。名前」
「沙雪」
「私の名前じゃなくて、私たちの赤ちゃんの名前」
「ああ。ちゃんと考えてたよ」
仕事中だったり、家にいる時だったり。
赤ちゃんの名前事典など買って、ここしばらく悩みに悩んで、やっと決めた名前だ。
「俺たちの子供の名前は──」
その名を口にすると、彼女は『素敵な名前だね』と微笑みながら言った。
これにて、成人式は完結になります。
貴一と沙雪が歩む人生は、まだ始まったばっかりではありますが、きっと幸せな家庭を築くことでしょう。
そして、かなり前に幼馴染物の情報を、前書きか後書きで情報を少しずつ出していくと言いましたね。
残念だったな、トリックだよ。
https://ncode.syosetu.com/n8487hd/
雛子が送る幼馴染物、完結と同時に開始します。
是非こちらも、読んでいただければ幸いです。
最後になりますが、ここまで応援してくださった皆様、ブクマ・評価をしてくださった皆様、本当にありがとうございました。




