二十四話
アサヒィスゥパァドゥルァァァァイ!!
突撃! 隣の綾瀬家!
はい、というわけでやってきました綾瀬沙雪さんのご自宅。
ちなみに来るの初めての私、かなり緊張しております。
そんな私こと天川貴一なんですが、なんと今まで沙雪のご両親に挨拶をしたことがありません。
それが突然結婚の挨拶だなんて言われたら、きっと激おこぷんぷん丸待ったなしでしょう!
五発まで殴られる覚悟の所存で来ております!
できれば殴られたくありません!
まあたとえ、印象が悪くなくても、これから誠意を持って接すれば、きっと認めてくれるに違いありません。
「心の準備ができてないのに、来てしまった……」
「もう、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「いやそうは言うけどさ……」
一応、菓子折りも持ってきたから、できればこれで許してほしいところだ。
殴るならこの菓子折りを殴ってください。
「……ほら、行くよ。なんだかんだ、帰ってくるのも久しぶりなんだよね」
「挨拶するのはするんだけどさ、沙雪を貰うためにも。ただ、ね……?」
「そ、そういう恥ずかしいことをここで言わないでっ」
恥ずかしがるうちの妻可愛い。
外で少し騒いでいたら、中から一人の女性が出てきた。
「おかえり、沙雪」
「ただいま帰りました、お母様」
ていうか、親のことを様付けする人いるんだな。
なんて現実逃避してたら、女性がこちらの方を向いてきた。
「貴方が貴一くんね。話は聞いてるわ。さあ、上がって」
「あ、はい。お邪魔します」
男としての戦いが始まった。
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娘の沙雪から、なんだかんだ業務連絡として、彼氏さんのことは聞いていた。
いい人ということは、文面から伝わってくるし、沙雪が選んだ相手だ。
とんでもないクソ野郎ということもないだろう。
もし、変なやつだったら一発殴って喝を入れてやらないといけない。
そして、娘から聞いたのは、彼氏くんが付き合うということで、挨拶してないことに少し気を病んでるらしいが、ただ付き合う報告で挨拶なんてされたら、そこまで律儀にされるとこちらが畏まってしまう。
なので、それはどちらでもいいのが本音だ。
そして、今日は急な仕事で会社にいるが、帰ったら彼氏くんがいるだろう。
……気が重い。
「おや? 綾瀬課長、今日は顔色が優れませんね」
「ああいやなに、少し家庭の事情でな……」
「それはまたなんというか」
おおっと、部下に心配させてしまった。
上司として失格だな。
「いやなに、君が心配することはない。それに、仕事は仕事として、私情は持ち込まないよ」
「いえ、別にそこの心配はしてないんですが……」
とりあえず、この仕事を終わらせ、細かい雑務を終わらせないと帰れそうにない。
私は気合を入れる。
☆☆☆☆
「さて、彼氏くんは変に緊張してないだろうか」
緊張する気持ちもわかる。
私も、挨拶しに行った時は、緊張したものだ。
そんなことを考えて、思わず笑みが溢れる。
(向こうの人も、こんな気持ちでいたんだろうな)
「今帰ったよ」
玄関を開けると、うちの妻が待っていた。
「あら、お帰りなさい。とりあえず、会うのは着替えてからかしら?」
「ああ。向こうも、かしこまった格好なんだろう?」
「ええ、わざわざスーツで着ているわ」
「そうか……。こちらも、それに合わせないとな」
妻と別れ、自室の和室へ。
「貴一くん、うちの旦那、今着替えてるから、もう少しだけ待っててちょうだいね」
「あ、はい!」
着替えていたら、遠くから妻の声と知らない男の声が聞こえる。
緊張の混じった声の裏に、優しい声音があることに気づく。
声で騙されたらいけない。
ここは、言わないといけない時は言わないといけない。
「ふぅ……。とりあえず、こんなところか」
新品のスーツに着替え、和室で待つことに。
少し待てば、彼氏くんがやってきた。
「は、初めましてっ。天川貴一と申します──」
彼氏くんの自己紹介から始まり、私の自己紹介をすることに。
自己紹介から多少話し、私は一度席から離れる。
「お、お父様!」
慌てて、私の後ろをついてくる娘。
冷蔵庫から、お気に入りのワインを取り出す。
男というのは、素面では腹を割って話せないものだ。
ワインをグラスに注ぎながら、娘に伝える。
「悔しいね」
「え……?」
「嫌なやつなら、一発くらい殴れたのにな」
彼氏くんからは、嫌な雰囲気は感じないどころか、すごく印象が良い。
注ぎ終わったワインを、娘に渡す。
「幸せになるんだぞ」
「っ……。……はいっ!」
嬉しそうに笑う娘。
──そんな笑顔を見せられて、結婚を反対できるわけがないだろうに。
私は、自分のグラスを持ち、和室に戻る。
「貴一くんは、お酒は飲めるかい?」
「人並みには、はい。会社で飲むこともありますので」
「そうか。それはよかった。それでは」
娘からグラスを受け取る彼氏くん。
私のやろうとしたことが分かったのだろう。
同じことをしてくれた。
「「乾杯」」
グラスに入っていた氷が、二人の結婚を祝福の鐘のように感じた。
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あれから、彼氏くんとは色々話した。
途中、女二人には出て行ってもらい、男二人で話した。
男同士の会話だ。
「──ところで、貴一くん」
「はい」
「式は、挙げるのかい?」
「沙雪さんと相談したんですが、式は挙げず、その分を旅行代に回そう。という話になりました」
「そうか。それはいいんだが、私から一つお願いをしてもいいかな?」
「はい。なんでしょう」
「式を無理に挙げろだなんて言わない。ただ、ウェディングドレスだけは、着させてやってくれ」
うちは式を挙げたが、それを強要するつもりはない。
ただ、初めてドレスを着込んだ妻は、嬉しそうで、何よりも綺麗だった。
ぜひ沙雪にも、同じ気持ちを味わってほしい。
強要はしないが、父親としての、小さな『お願い』だ。
これくらいなら、提案してもいいだろう。
「……はい。私も、ドレスはレンタルで撮ろうとは思っておりました」
「そうか……。それはよかった」
できれば、その時に撮った写真は一枚欲しいが、娘が自分から送ってくれるだろう。
「それと、子育ては大変だ」
「はい」
「困ったこと、悩みなどがあったら、相談するといい」
私が薄く笑えば、彼氏くんも薄く笑いながら答えてくれた。
「はい。ありがとうございます」
お礼を言いたいのは私の方だ。
娘を、幸せにしてくれてありがとう。
初恋を実らせてくれて、心から感謝するよ。




