二話目
前話に比べて、短めです。
その言葉は、俺をかんたんに誘惑する言葉で。
その内容は、俺をかんたんに了承させるものだった。
そして、彼女の一言は、俺の人生の序曲の始まり。
「──いいよ、抜けよう」
少しだけ、酔っていたのかもしれない。
場酔いだと思う。
そうじゃなきゃ、こんなこと言えなかった。
俺の言葉を聞いた彼女は、
「ふふっ、決まりだね」
心の底から、喜んでいるような笑顔を見せてくれた。
☆☆☆☆
二人で抜け出して、二人きりで二次会するのはいいけど、どこでするのかと思っていた。
「今日は、お泊りだね」
なんて思っていた時期が、僕にもありました。
目の前にそびえたつのは、立派なホテル。
一度は入ってみたいとは思っていたが、まさか今日とは思っていなかった。
いわく、カップルが訪れる場所で。
いわく、ビジネスホテルよりも安く。
いわく、愛を育む場所。
──ここ、ラブホテルじゃね?
「どうしたの、そんなところに立ってて。中に入ろう?」
優しく語りかけてくる彼女。
手足の震えが止まらない。
臆病風に吹かれる。
いやそりゃ、俺童貞だし?
経験したいとは思ってたよ? 思ってたけどさ?
なんなんだこのシチュ。
成人式に参加したら、初恋の相手と抜け出してラブホテルにお泊まり。
ど、どういうことだってばよ……。
だが、体は正直なもので、自然と足を運ばせる。
もちろん、震えは止まらなかった。
☆☆☆☆
「ん……」
意識が目覚める。
目を開けば、世界で一番好きな子の寝顔が視界に入る。
「すぅ……すぅ……」
規則正しい寝息が聞こえる。
その光景を見て、昨夜のことが鮮明によみがえる。
結局、そのままホテルに泊まることになってしまった。
視線を下に向ければ、谷間が見える。
それと同時に、自分が腕枕をしていることに気付く。
(あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。
俺は好きな人に再会できることを願って、成人式に参加した。
それから色々あって好きな人とホテルで一夜を過ごすことになった。
何を言ってるのか分からないと思うが、俺も何を言っているのか分からない。
頭がどうにかなりそうだった。
『尊い』だとか『わかりみ』だとか、そんなチャチなもんじゃねぇ。
もっと恐ろしい片鱗を味わった気分だぜ……)
「……こんなことになるなんてなぁ」
くだらないことを思いながら、彼女の頭を優しく撫でる。
サラサラしていて、ずっと触っていたい。
肩までかかる髪なのに、ここまで手入れしていることに驚きだ。
彼氏ができたことがないと言っていたが、少なからず俺が初体験の相手ということは昨日分かった。
血、出てきたし。
「ていうか成人式の日に2つの意味で成人しちゃったじゃん……。うわ、笑えねぇ」
しかもゴムつけずに中に出したし。
これやばくね。
いや綾瀬と結婚するのは別に良い。
むしろ歓喜するレベル。
だけど、問題はそこではなく、経済的理由だ。
子供が出来たらその分教育費とかでお金がかかる。
貯金だってそこまで多いわけじゃない。
「んんっ……!」
一人で悶えて震えていると、綾瀬はゆっくりと目を開けた。
「あれ……? あまかわ、くん……」
寝ぼけているんだろう。
眼がどこか虚ろだ。
「おはよう」
とりあえず挨拶してみる、
「ん……。おはよう、天川くん」
挨拶された。
撫でていた手を止めて、彼女に毛布をかけたままベッドから立ち上がる。
「あっ……」
「ん?」
俺の体を見て、恥ずかしそうな声をこぼす綾瀬。
振り向いてみると、少しだけ顔を赤くした。
「逞しい体だなと思って」
「え? ああ、そうか」
現場仕事をしているから、体を動かす作業だ。
重いものを持ったりするので、足腰と筋肉が育てられる。
「俺、明日から仕事だけど、今日はどうする?」
「……そうなんだ……」
しょんぼりと肩を落とす綾瀬。
横になってるから分からんが。
「それで、どうする? このままどこか出掛ける?」
「うん、そうだね。でもその前に、シャワー浴びてきていい?」
「あ、ご、ごめんっ。そこまで考えてなかった。行ってきていいよ」
「ありがとう。早く終わらせてくるから」
綾瀬は傍にあったタオルを器用に巻き、ジャグジーに向かった。
俺はその間に、荷物の整理をしておく。
少し経つと、綾瀬が出てきた。
「おまたせ」
シャンプーの香りが鼻を刺激する。
頬もどこか朱いのは気のせいだろうか。
「ううん、待ってないよ。荷物はまとめておいたから、すぐに出れるよ」
「え? ありがとうっ」
笑顔でお礼を言う彼女に安堵する。
勝手に荷物を探った感じもしたので、怒られるかと思っていたが、杞憂だったようだ。
俺たちは手を繋ぎ、ホテルから出て行った。
なんだこいつら
手を繋ぎながらホテルを出るとかカップル以外の何者でもない。
お読みいただきありがとうございますっ。