十九話目
髪が薄い
引っ越しから数週間、気温が肌を蒸してきた頃、一枚の張り紙が目に入った。
「夏祭り、か」
「どうかした? 天川くん」
「いいや、なんでもないよ」
カートを押しながら、綾瀬に付いていく。
今日は休みなので、買い物デートをしにきたのだ。
「話は変わるんだけど、近々夏祭りがあるんだよね」
「変わってねえよ」
「え?」
「ごめんなんでもない」
思わず突っ込んでしまった。
とりあえず話に耳を傾ける。
「天川くんは、お祭りとか行くの?」
「んー……、百合に誘われたら、という感じかな。基本は行かないよ」
「そっかー。じゃあ、私が誘ったら、一緒に行ってくれる?」
こちらに振り向きながら、首を少しだけ傾ける綾瀬。
全部、男を惑わす計算をしてるんじゃないだろうか。
たまにそう思う。
でも綾瀬に騙されるなら喜んで騙されよう。
「もちろん、行くよ。というか、綾瀬は祭りとか行くの?」
「私も基本は友達に誘われたら、って感じだね。ほら、屋台の食べ物とか高いし」
夢も希望もない。
あれは食べ物を買うんじゃなくて『楽しさ』を買うんだ。
雰囲気を楽しむ、ともいう。
「まあ、何も買わなくても、それはそれでいいんじゃない?」
「そうかな?」
「そうそう」
「そっか……。はい、とりあえずこれで必要なものは揃ったよっ」
「了解」
買うものが揃ったため、綾瀬が隣に来る。
買い物に来ると、いつもやる光景だ。
既に慣れたもので、気にすることなく歩を進める。
「私が誘ったら、一緒に行ってくれる?」
「もちろん行くよ」
少し不安そうに聞いてくるので、笑顔で答える。
「良かった」
先程の顔が嘘のように、花が咲いたような笑みに変わる。
綾瀬となら、たとえどこへでも行く。
火の中、水の中、人の中。
「……そ、それでね貴一くん」
「え?」
今、なんと?
名前で呼ばれたような……。
「付き合ってまあまあ経つし、そろそろ名前で呼んでいきたいなー、って」
恥ずかしそうに言う彼女は、とてつもなく愛おしい。
抱きしめる気持ちをグッとこらえた。
「そ、そうだね。……沙雪」
お互いに顔を赤くして下を向く。
相手の顔を見ることができない。
会話はなく、ただ買い物を淡々とこなしていく。
だけど、その恥ずかしさと幸せが、何よりも心地よかった。
☆☆☆☆
「沙雪、遅いな」
夏祭り当日。
沙雪に『少し待ってて』と言われ、玄関で待つこと十分以上。
未だに現れない。
「忘れ物チェックでもしてるのか、それとも防犯対策でもしてるのか」
沙雪のことだ。
両方してそうである。
名前も、呼び始めてから一週間で、呼べるようになった。
それはそれは長い道のりだった。
中学生か! というツッコミは受け付けない。
「お、おまたせっ。貴一くん」
「あ、来た。一体なににじ……か……ん……」
絶句した。
そこにいたのは、花柄の浴衣を着込む沙雪がいたから。
ヤマトナデシコとは、彼女のことを言うんじゃなかろうか。
この世には、
こんなにも可愛くて綺麗な女の子がいるとは……。
「に、似合うかな……?」
「え……? あ……え……」
頭の中では言えるのに、言葉として出てこない。
「も、もしかして、なにか変だったりする……?」
何も言わない俺に、沙雪は少し不安そうな顔をする。
いやいや、そろそろ言わないと。
でもなんて言う?
結婚しよう?
結婚してください?
結婚不可避?
いやいや、全部同じじゃねえか!
ああだめだ。頭の中がおかしくなってる。
語 彙 力 消 失。
「そ、そんなことないよ。すごく似合ってる。天女が地上に舞い降りたのかと思った」
語 彙 力 復 活。
これしか言えないんだけど。
「そ、そっか。良かった」
安心して、俺の腕に抱きついてくる。
沙雪の優しい匂いと、浴衣から甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ずっと嗅いでいたい匂いだ。
「いこ?」
「あ、ああ。うん」
なんとか動き出し、俺たちは我が家を出た。
☆☆☆☆
「人、たくさんいるね」
「やっぱ祭りだから、みんな楽しみたいんだろうね」
なんて言いながら、沙雪の手を離れないように握る。
すると、当然のように俺の手も強く握られた。
「沙雪はなにか食べたいものとかある?」
「貴一くんの精液が飲みたいかなぁ」
「ふぁ!?」
公衆の前でなんてことを。
羞恥心はないのか。
聞いた俺が恥ずかしい。
「今日は朝しか飲んでないし……」
「そんな日課みたいに言わないでくれ」
閑話休題。
「お祭りと言ったら、りんご飴とかたこ焼きとか焼きそばとか」
「射的や輪投げはしないの?」
「んー、軽く食べてから、なにかしたいなーって」
「なるほど。じゃあまずは腹ごしらえだ」
近くにあるたこ焼き屋に行く。
「九個入りを一つください」
「毎度。680円だ」
お金を渡し、少し待てばたこ焼きとなって帰ってきた。
物々交換である。
「340円出せばいい?」
「ん? ああ、別にいいよ。とりあえず一個。はい、あーん」
たこ焼きを彼女に口に近付けると、
「ありがとう。あーん」
小さな口を開けて口いっぱいに頬張る。
美味しそうに食べる彼女を見てると、こちらも幸せだ。
「んー! たこ焼きって、たまに食べるとすごく美味しいよね。今度、たこ焼き器でも買おうかな……」
ボソッととんでもないことを呟く紗雪。
たこ焼きを作ろうとは思わないかな。
いつから関西人になったんだ(偏見)。
「自分で作ると、色々とアレンジができるからいいよね。例えば桜えびとか」
「そうなんだ。作ったことあるの?」
「あるよー? 貴一くんに、美味しいものを食べさせたい一心で、いっぱい勉強したんだ」
好き!! 結婚して!!!
危なかった。
もう少しで口から出るところだった。
恐るべし紗雪。
「こんなにも可愛くて良くできた彼女がいるなんて、俺って幸せ者なんだな」
「えへへ、ありがと」
照れながら笑う彼女。
お腹の前に、胸がいっぱいだ。
照れ隠しのために、俺もたこ焼きを食べる。
「あ、タコなしだ」
「おぉ。なんていうか、タコが無いのに当たりって感じするよね」
「分からなくもない」
なんて言いながら、祭りを楽しむことに。
夏祭りは、まだ始まったばっかりだ。
☆☆☆☆
「ところで紗雪」
「なぁに?」
「靴の紐が破れたり、靴擦れ起こしたりしないの?」
「……え? どうして?」
「いやだって、こういうときって大体、女の子が歩けない事態になり、男の子がおんぶをするのがテンプレ、って言うじゃん?」
更にそこから、ノーブラだから、浴衣の布一枚で感じる胸の感触があるとか。
「どこで聞いたの?」
「元クラスメイトのバカから」
まああいつは『布越しのおっぱいもいいけど、やっぱり生のおっぱいがいいな!』とか言ってたけど。
「んー……。まあ、ならないんじゃないかな?」
「そうなんだ。あ、あそこに焼きそばがある」
「焼きそばなら家で作れるよ?」
そういうことを言ってるんじゃありません。
「一つください」
「毎度! 580円だ!」
お金を払い焼きそばを貰う。
「先に紗雪が食べていいよ」
「あーん、って、してくれないの?」
「いや流石に麺類は無理でしょ」
「じゃあ口移しがいいなー?」
「…………」
公衆の面前でなんてことを。
流石に口移しは……。
「……だめ?」
涙目で上目遣いをしてくる彼女に、ノーは言えなかった。
焼きそばを口の中に入れ、紗雪にキスをする。
「んっ……れろ……」
唾液やらソースやらが混じったものが、沙雪の中に入っていく。
「ちゅぱ……じゅる……あむ」
少しして、唇が離れていく。
「んー! 貴一くんの味も混ざってすごく美味しいねっ」
恥ずかしくないんだろうか?
俺は恥ずかしい。
恋は盲目と言うが、盲目になり過ぎだと思う。
「ああ、うん。それなら良かった」
口から出る言葉は、他に出なかった。
☆☆☆☆
「ただいまー」
「ただいま」
食べてばかりいないで、射的や金魚すくいなどのゲームも楽しみ、二人で仲良く帰ってきた。
「楽しかったね」
「ああ、そうだね」
リビングに行き、ソファに倒れる。
なんというか、祭りでこんなに疲れるとは思わなかった。
「よいしょ」
沙雪も座り、膝枕をしてくれる。
上から見下ろす彼女は、嬉しそうだ。
「いつか、二人の子供が出来て、家族で行きたいね」
「……ああ、そうだな」
将来の話をしながら、就寝の時間までのんびりと過ごした。
夏祭りネタを書くために、一人で夏祭りに参加したワイを褒めてほしい
周りはカップルや友達や家族で来てる中、たった一人
たった一人の最終合戦