十五話目
活動報告で一話挟むとか言ってたが
残念だったな、アレは嘘だ
夢叶えるわ
「37.4か……」
仕事が終わって帰り、少し体がだるいと思ったら風邪気味だった。
まだ春だというのに、風邪を引くとは情けない。
とりあえず薬飲んで寝よう。
「天川くん、やっぱり体調悪かったんだね」
「知っていたのか綾瀬」
「朝から少しだけ様子がおかしかったから。一応役職持ちなのは知ってるから、黙ってたけど。明日は休んだほうがいいよ?」
「んー。まあ明日の体調次第かな。今夜は様子見」
「無理しないでね?」
「ああ」
心配そうに覗いてくる綾瀬は、すごく母のようだった。
☆☆☆☆
「……38.9℃」
「ぁぁ……」
脇から抜いた体温計を見て呟く綾瀬。
見事に風邪を引いた。
動くのも喋るのもきつい。
「とりあえず電話しないと」
「ぇ……?」
口が回らない気がする。
体温は高いけど、ここまで酷いとは思えない。
思ったよりも重症かもしれない。
「はいこちら、天川貴一の家族のものです」
え? ちょ、ま。
「熱を測ったところ、39℃を超えておりまして。急な電話で申し訳ないのですが、本日は……。はい、はい。そうです。それと、念の為に明日も休ませていただけると……。あ、そうなんですね。分かりました。今日と明日は安静にさせますので。はい。はい。本当に申し訳ありません。はい。失礼します」
携帯を置き、こちらを見て一言。
「お医者さんのところ行こう?」
「ま……て……」
喉が痛い。体が重い。体も痛い。
風邪なんて久しぶりだ。
「とりあえず厚着にならないとね」
タンスの中から服を取り出す綾瀬。
一つのタンスで、俺の服と綾瀬の服を分けており、洗濯物を畳んでいるのも綾瀬だ。
なにがあるのか俺より熟知しているだろう。
ちなみに、畳んだ服はリビングに置くが、俺の服はタンスにしまってくれる。
「ズボンはもうそのままでいいか。とりあえずセーターと上着だね。天川くん、起きれる?」
「あぁ……」
服を持ちながらこちらまでやって来て、上体を起こしてくれる。
体を支えながら、寝間着の上から着ていく。
ていうか、体に負担が掛からないけど、綾瀬慣れてるの?
「よし着れた。えっと、財布と鍵とバックと……」
綾瀬は荷物を自分のバックの中に入れて、肩を借りて立ち上がる。
「次階段だから気をつけて。ゆっくりだよ?」
一段いちだん、ゆっくりと降りていく。
そこから玄関まで行き、俺は助手席に乗った。
綾瀬は運転席に座り、エンジンをつけたあと暖房を入れる。
そのまま席から降りて、家の鍵を閉めた。
「一応免許持ってるんだ私も。まあ、AT限定だけどね」
初耳である。
ちなみに、ほぼほぼペーパードライバーな綾瀬だが、平日の午前中だったため、交通量が少なかったからか、安全に運転できたのは、不幸中の幸いだろう。
☆☆☆☆
「はい天川くん、横になって」
「うん」
支えられながら、布団の中に戻る。
「変わりの毛布あったよね。とりあえずそれに変えようか」
綾瀬はテキパキと物事をこなしていく。
俺より有能じゃないかアレ。
てか我が家について熟知し過ぎじゃねえか。
家の主たちよりも知ってるとはどういうことだ。
……こういうことなんだろう。
「ちょっと毛布退かすねー」
今日まで使っていた毛布を退かし、新しい毛布に入れ替える……かと思いきや、先に掛け布団を先にかけてきた。
「ぇ?」
「掛け布団をかけたあとに、毛布をかけた方が暖かいんだってね。毛布も天川くんが使ってたのをそのまま使うのもいいけど、汗もかいてたから、念の為に変えておこうかなって」
デキル子だ。
俺なんか百合が風邪引いたときは、かなりのてんやわんやだった。
母親もいたけど、ほぼほぼ指示に従っていただけである。
「それに、自分の汗とはいえ、臭いも気になるでしょ?」
うっ。それはまあ。
「まあでも、私は天川くんの汗の匂い、好きだけどね?」
そう言って、彼女は身の回りを世話をしてくれた。
……症状を悪化させてどうする。
☆☆☆☆
「よし、こんなものかな」
枕のシーツも変えられ、ほぼ新品状態となった。
前まで使ってたシーツは洗濯中だ。
他のやつは天日干しである。
「ご飯は食べれる? お布団は冷たくない? 喉は乾いた? なにかしてほしいこととか欲しいものがあったら言ってね」
綾瀬の気遣いの優しさが、すごく身に沁みる。
なんというか、温かいという言葉が思い浮かぶ。
これが欲に言う人の心なんだろうか。
「最近、毎日残業してたもんね。体が疲れちゃったのかな?」
返事が戻ってくるか分からないのに、ずっと話しかけてくる綾瀬。
きっと、風邪で心が弱まっていたんだろう。
綾瀬の手を繋いだ。
「え!?」
「何もいらないから、今は綾瀬がほしい」
「ッッ!?」
声にならないなにかを発する綾瀬。
でも、それも束の間。
綾瀬は優しい口調で話しかけてくる。
「……大丈夫だよ。私はずっと、天川くんの傍にいるから」
そう言って、同じ布団に入ってきた。
「ぎゅー」
胸に顔を押し当てられる。
普段なら恥ずかしい場面だが、今はすごく安心した。
綾瀬の心臓の音が、メトロノームみたいで落ち着く。
背中をトントンと優しく叩くのが、赤語をあやすようで。
綾瀬の優しい匂いが、体を包んでいるようで。
胸の中に秘められた負の感情が、一気に晴れていく。
いつしか、俺は眠っていた。
☆☆☆☆
「ん……?」
目を覚ますと、そこには綾瀬の寝顔が目広がっていた。
「!?」
心臓が跳び跳ねるとは、こういうときに使う言葉かもしれない。
寝る前に見ることは毎日のようにあるが、寝起きに好きな人の寝顔があるのは、なかなかにキツイ。
「ああでも、やっぱ……」
可愛い、と思う。
綺麗、とも思う。
今こうして同じ布団に入って、相手を感じることが出来ても、すごく足りない気分だった。
だから──
「ちゅ」
綾瀬の唇に、俺の唇を合わせた。
刹那。
彼女の目が開かれた。
「ッ!?」
驚きのあまり後退したが、憚れる。
唇だけではなく、舌も入ってきた。
口内を舐められたあと、やっと離してくれた。
「寝てる人を襲うオオカミさんに罰を与えるもん」
「与えられたんだが……」
てか俺からすれば罰じゃなくてご褒美でもあるんだが。
ていうかそんなことしたら風邪が感染るからやめてくれ。
キスをやり出したのは俺だけど。
「気分はどう? 天川くん」
「話せるほどには、楽になったよ」
「うんっ。なら良かった」
そう言って、綾瀬は布団から出る。
「それじゃ、お粥作ってくるね」
「ああ」
部屋から出ていき数十分。
戻ってきた。
「はい、出来たよ」
「あぁ、ありがとう」
綾瀬に起こしてもらう。
「ふー、ふー。あーん」
「あーん」
お粥を食べるが、味はしなかった。
「一応、まだ休養中だから、味は薄くしてるの。我慢してね?」
「いや、別にいいよ」
こうやって色々と世話をしてくれるだけで嬉しい。
それに、下手に塩分を摂ればどうなるか分からない。
それから、全部食べさせてもらった。
「はい、お粗末様でしたっ」
「……ごめんな」
「んー? なにが?」
小さく呟いた謝罪は、綾瀬の耳に入っていた。
彼女はなにかを気にした素振りを見せず、ただ首を傾げている。
「今日一日、迷惑ばっかかけてさ。大学のレポートとかあるだろ? 今年就活も始まるだろうし」
「大丈夫だよ。レポートはもう終わり寸前で、期限も来週。就活は……、だめだった場合はそのときだね」
「そのときって、そんな人生を」
「他人からしたら、ふざけてるとか言われるかもしれないけど、私の人生は私が決めるから。後悔だけはしないって決めたの」
正直、そのときと言われて『なら俺の嫁に永久就職してくれ』と思ったのは秘密である。
「だから、天川くんは気にする必要なんかないよ」
「そう、かな」
「うん、そうだよ。とりあえず今は寝よう?」
「……そうだな」
綾瀬はお盆を布団からずらし、また布団に入ってきた。
優しく抱きしめられる。
「おやすみ、天川くん」
「おやすみ」
そうして俺は、深い闇の中に落ちていく。
☆☆☆☆
あ、危なかった。
もう少しで『就活先は天川くんのお嫁さんだからする必要ない』って言うところだった。
風邪を引いてるときにそんなこと言われても迷惑だよね。
しかし風邪で弱まってる天川くんは可愛い。
でも一番の問題は……、
「さっきから、当たってるんだよね……」
天川くんのが当たっててつらい。
ムラムラがすごい。
このまま襲いたいところだけど、そんなことしたら天川くんが起きるかもしれないし、何より悪化したら困る。
今日は木曜だから、明日も休みにしてるから大丈夫だとは思うけど。
「うぅ〜、天川くんのばか」
どうしよう本当に。
最悪、トイレに行く?
いやいや、そんなことしたくない。
そんなとき、天川くんの腕を見た。
「…………」
ど、どうする?
とりあえず確認しよう。
「天川くん? 寝ちゃった?」
「すぅ……、すぅ……」
寝てる。
天川くんを仰向けにして、手を掴む。
「し、しょうがないのこれは。指でスれば少しは治まるから……」
これは応急処置。
自分にそう言い聞かせ、天川くんの指をパンツの中に入れ込んだ。
ちなみに、指だけじゃ治まらないどころか、むしろムラムラが爆発して、天川くんの上に跨ったのは、しょうがないと思う。
最後までして起きなかったのは、不幸中の幸い。
こいつ変態だ(今更)
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