一話目
妄想オブ妄想
妄想が過ぎるぞ。
砂糖を吐くような小説を書きたかったの
書きた"かった"の
『 成人式案内状
この度は成人になる方、誠におめでとうございます。
未来ある皆様を祝福し、式を開催しますので、ご愛読ください。
期日 20○○ ○月○日
会場 ○○公民館
天川様のご参加を、心からお待ちしております』
家のポストに届いていたハガキ。
「成人式、か……」
(彼女は、参加するんだろうか)
勇気がないと、釣り合わないと、そう思っていたのに、こんなことを思う自分が嫌になる。
高校からは別々の道を歩んで、彼女は有名で偏差値の高い高校、俺は適当な高校に進学。
手紙やメールどころか、家も連絡先も知らない。
ずっと、想いを胸の中に秘めて生きてきた。
「なんで忘れられないかな」
様々な感情を押し殺しながら、参加表明に丸をつけた──
☆☆☆☆
私のところに、一枚のハガキが届いた。
「あ……そっか、もう成人式なんだ」
思い返せば、早い人生だった。
小学生のときに初恋をして、未だに想いを寄せてるし。
「あの人、参加するのかな……?」
高校から別々になって、一度も顔を合わせたことがない。
やっぱり、連絡先教えておけばよかった。
後悔ばかりが生まれる。
「やめやめっ。とりあえず、みんなにも会いたいし、参加しよう」
あの人に会えなくても、友達に会いたいから。
そう思いながら、参加表明に丸をつけた。
☆☆☆☆
「うわ……、混んでるなぁ」
成人式当日。
無難にスーツを着てやって来たが、人の多さに度肝を抜かれる。
一生に一度の大事なイベントだから、仕方ないのかもしれないが。
「……よし」
一歩を踏み出し、受付のところに向かう。
「お名前を教えてください」
「天川貴一です」
「…………はい、確認できました。本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
無難な言葉を残して、会場に入る。
クラスメイトを探してみるが、見知った顔が見つからない。
もちろん、あの人の姿も見えない。
「……はぁ。帰ろうかな」
いや駄目だ。まだ式は始まってない。
開会式までに、まだ時間はある。
……もう少しだけ残って、あの人がいなかったら帰ろう。
そう思って、近くにあった椅子に座る。
丁度壁際で、公民館の中がよく見えた。
と言っても、座ってるから人の腰しか見えないが。
「あれ!? 千夏ちゃん!? 懐かしぃ〜! 元気にしてた!?」
「よう一樹! 久しぶりだな!」
「ここの料理うっま!」
「朱里ちゃんこそ! おっぱいも大きくなったんだね! まったくけしからんのぉ!」
「きゃ!? も、もう、やめてよ!」
喧騒を聞きながら、目を閉じる。
目を閉じて、どれほど経っただろう。
ふと、隣の椅子に誰かが座る気配を感じた。
薄目を開け、誰だか確認してみれば、
「──っ!?」
思わず声が出そうになった。
あの頃に比べて、印象も、身長も、顔も違う。
街を歩いたって、10人中1人か2人は振り向く程度の顔の良さ。
だけど、一目惚れにとって、好きな人は誰よりも可愛く見えて輝いてるわけで。
──あの娘だ。
「…………」
「…………」
(えまって、なにこれどういう状況!? なんかいい匂いするしずっと嗅いでいたいけど!! そうじゃないよそうじゃないんだ。しかもこれじゃあただの変態じゃねえかっ)
俺の中では、友達と楽しそうに喋ってる姿を見れるだけでよかった。
その姿を見れたら、帰ろうと思っていた。
けれど、
(これは予想外ぃぃぃ!!)
「あの……天川くん」
「ひょ!? え、あ……!?」
緊張し過ぎて、変な声が漏れた。
そしてまともに返事ができない。
声も変わっていたけど、おそらく、世界で一番好きな声で、世界で一番安心して落ち着く声だと思う。
「天川貴一くん……、だよね……?」
「え!? あ、はい、そうです。天川と申します」
驚きと緊張が、会社での言葉遣いとして出てきてしまった。
「……ふふっ」
口元を手で隠す彼女。
あ、笑った顔もかわいい。
思わずドキッとした。
「申しますってなにー? 会社じゃないんだからー」
「あ、はい、そうです、ね……」
口が回らない。
他の女が相手なら、こんなに緊張することもない。
というか、なんか適当に軽口が出てくるのに。
好きな人は特別、そう痛感した。
「久しぶり、だね」
「……あ、うん。久しぶり」
あれから、何年経ったんだろうか。
高校で別れたから、五年ほどか。
「あ、綾瀬、は……。大学に、通ってるのか?」
「うん、そうだよ。東京の新宿にある大学」
うっそだろおい……。
めっちゃ名門校じゃん。
俺が驚いてる間に、彼女は続ける。
「いつも、教授に言われた課題をやるだけで精いっぱいだから、あまり遊べないんだけどね」
少しだけ、本当に少しだけ、このとき軽く微笑んだ彼女は、どこか悲しそうだった。
(少しだけ、攻めてみよう)
勇気を出すんだ。チャンスは今しかない。
背中に嫌な汗が流れる。
手に込めた力が、余計に入る。
「彼氏とかは、いないのか?」
「んー? いないよー。というか、今まで彼氏が出来たこともないし」
キタァァァァァァァァァァァァァ!!!
だが落ち着け貴一。お前は強い子優しい子。
ここでどんどん相手の領域に入っていったら、引かれるだけ。
我慢だ我慢。
嫌な汗は一瞬で吹き飛んだ。
「そ、そうなんだ」
「そういう天川くんは、彼女とかいないの?」
イタズラっぽく笑う彼女。
お前が好きだと、世界の中心で叫びたい。
おまかわならぬ、おますきである。
「いないよ。高校は赤点ギリギリで生きてきたし、高卒で働き出したから、出会いもないしね」
「へぇ〜? そうなんだ?」
笑みが増したような気がする。
ただその笑顔に、さっきのような悲しさは見つからない。
「大学には行こうとしなかったの?」
「行きたい気持ちは、少しだけあったよ」
大学に行けば彼女が作れると信じてる。
まあ、目の前にいる少女のことが好きだから、他の女と付き合ったとしても、長続きはしなかったと思うが。
気づいたら、本当に気づいたら、最初に緊張していたのが嘘のように、自然に話せていた。
「だけど、大学行くにもやっぱりお金が掛かるし。親は離婚して兄は家を出て一人暮らし。今は母親について行って生活してる」
「離婚、しちゃったんだ……」
あ、そういえば、と。
離婚の話をした時、同期の奴らがざわめいたのを思い出す。
俺からすれば、離婚なんて笑い話にしか思ってないが、世間からすれば笑えない話らしい。
「離婚したのはこの前だし、この歳で両親が離婚して泣くほど、子供のままじゃないよ」
それに、離婚の原因は分かってる。
離婚したはいいが、両親共に仲は悪くない。
変わったはしたが、変わってないとは言えば変わってない。
それが今の俺の家庭だ。
「そうなんだ……。そういえば、妹ちゃんは?」
「ん? ああ、あいつも母親のところについて行ったよ。だから俺と一緒にいる」
昔からお兄ちゃん子で、友達と遊ぶよりも、俺と一緒にいることを選ぶブラコンだけど。
……ん? 俺、綾瀬に家族構成を話したことあるっけ?
まあいいか。知られても、困ることでもないし。
「天川くんも、大変なんだね」
「そうでもないさ。まあ強いて言えば、妹の相手をするのが大変だけど」
「そうなの?」
「ああ……。まだ中学生だしな。多感な年頃だし、俺が兄であり父のような人間にならないと、捻くれるんじゃないかと心配してて」
「……なら」
なにか素晴らしい案が出てきた、みたいな顔をする綾瀬。
「私が──」
『本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます』
「あっ」
開会式の合図が、会場に響き渡る。
うるせえぞクソジジイ!
こっちは世界一可愛いマイエンジェル綾瀬たんと話してんだよ!
てめえみたいな野太い声なんざ聞きたくねえわッ!!
決して口にしてはいけないことを、心の中で叫ぶ。
こんなこと言ったらつまみ出される。
「みんなが呼んでる。天川くん、またあとで話そうね」
「あ……、うん。そう、だね」
寂しく返事をしたら、彼女は席を立ち、みんなの輪の中に消えていった。
さて、
「なにするか」
いやまあ、成人式するんだけど。
それにしても、素晴らしい時間だった。
あんなにも祝福なときが、この世に存在するとは。
俺、もう死んでもいいや。
なんてくだらないことを聞きながら、一生に一度の成人式が始まった。
☆☆☆☆
「かぁー! ビールは旨いねぇ!」
「うっわ、お前そんなにもジジ臭くなったのか」
「うるせえ! 毎日遅くまでサービス残業してんだよ! 残業代なんか一度も出たことねえ!!」
「うわやっべ! めんどくさい奴に絡んじまった!」
「むふふ〜! けしからんなぁ! このおっぱいは!」
「きゃ!? も、もう! やめてよぉ!」
「よいではないか、よいではないか」
「あぁぁぁぁぁ!! 彼女ほしいぃぃぃぃ!!」
阿 鼻 叫 喚
地 獄 絵 図
そんな言葉が脳裏を過ぎる。
俺以外にも、高校を出てすぐ就職するやつもいて、社畜どころか奴隷のように扱われてるやつもいるようだ。
俺の会社はホワイトだから、残業しても残業代が出る。
大体は妹の日常品とか欲しいものに消えていくけど。
「しかし、成人式だからって、まだお酒飲めない奴とかいるだろうに」
未成年飲酒は法律で禁止されてるのに。
なんて思っていたが、テーブルを見れば、炭酸飲料やお茶といったジュースも置かれていた。
市かなにかのお偉いさん(名前は知らない)が話し終えたあと、俺たち成人組は宴会場にやって来た。
綾瀬は友達同士で楽しく話している。
俺は壁際で1人、みんなのことを黙って見ていた。
……ここには、色んなやつがいる。
懐かしい友の顔。
顔は分かるけど名前が出てこない友の顔。
顔は分からないけど名前は覚えてる友の顔。
顔も名前も分からない友の顔。
そして、顔も名前も分かる初恋の相手。
なんだか、ここは社会から隔離されているような、そんな気さえ起きる。
会社の上司から理不尽に怒られる毎日。
朝起きて仕事して、家に帰って寝てまた仕事の日々。
そんな日常が、どこか遠くに感じた。
きっとこの気持ちは、簡単に言えば現実逃避なのかもしれない。
「3-A集まれぇ!」
と、そんなことを考えていたら、誰かが叫んでいた。
「二次会の場所を決めようぜ! まだまだ飲むぞぉ! 今夜は宴じゃ!」
「おっ、いいね!」
「だねだね! どこ行くー!?」
「もうすでに気持ち悪いんですがそれは」
「帰っていいっすか」
「あはははは!!!」
「おぇ゛!!」
これ、ゲロ吐いたりしたら、誰が片付けたりするんだろう。
俺はお酒なんて飲んでないので、吐きはしないが。
なんか最後に吐きそうな人がいたけど。
「天川くん」
のんびりと一人でジュース(炭酸)を飲んでいると、世界で一番聞きたい声が聞こえた。
慌てて聞こえてきたほうを見る。
そこには、顔を少しだけ赤くしたエロい女の子がいた。
「二次会に行くみたいだけど、天川くんはどうする?」
「え? 聞いてないんだけど」
つまり、さっき騒いでた奴らは、クラスメイトだったのか。
通りで見たことあるなとは思ってたんだ。
「私は参加するつもりだけど、良かったら行かない?」
「そうだね」
明日も休みだし、二次会で多少お酒を飲んでも仕事に支障は出ないだろう。
椅子から立ち上がる。
「行こうか」
「うんっ」
嬉しそうに笑う彼女を見て、俺も笑顔を浮かべた。
☆☆☆☆
場所を移動しどこかの居酒屋。
「き゛い゛て゛く゛れ゛!!! ぜんばいがぁぁ…!」
「どんだけ泣いてんだてめえ! 涙出過ぎだろ!」
「これが社畜戦士……っ!」
「ああいう風にはなりたくないね」
「そうだね瑠璃」
なんか泣いてるやついるんだけど。
さっきから終始仕事の愚痴を吐き続ける奴だ。
曰く、毎日十五時間拘束され、残業代が出ない。
曰く、毎週土曜は休日出勤、なお手当は出ない。
曰く、先輩たちは自分に仕事を押し付け帰るとか。
……ブラック過ぎるんじゃないかな。
「天川くん」
そこで、少女に話しかけられた。
「ん? どうかした?」
「みんなとは話したの?」
「え?」
あ、そっか。
普通に忘れてた。
懐かしいダチの姿でも見に行くか。
そう思い向かおうとすると、綾瀬も付いてきた。
「あれ? どうしたの?」
「あ、ううん。気にしないで」
「お、おう……」
とりあえず綾瀬のことを考えず、クラスメイトのところに向かう。
「よう、久しぶり」
「お、天川じゃん! 懐かしいな心友!」
「心友じゃねえよ」
お前と遊んだことは片手で数えるほどしかないだろうに。
ただ、やはり男同士というのはなかなかに楽しいもので。
他の奴らも参加してきて、自然と話が盛り上がった。
「中学校以来だよな」
「あれからどうよ?」
「結構変わったって思ったけど、天川は天川だな。昔の面影があるわ」
「ああもう一気に喋るな。わけが分からん」
俺は聖徳太子じゃないんだよ。
男たちで騒いだからか、女たちもやって来た。
「あ、天川くんだ。うわー、すごくかっこいいー!」
「え? あ、本当だ! めっちゃイイ男じゃん!」
「これを機に、Lime交換しようよ」
「あ、それなら俺も」
「俺も俺も」
「私もー!」
「うるせぇ!」
てかお前らあの泣いてるやつは放っておいていいのか。
そう思い視線を合わせると、
「うぅ……、ぐす……、うぁぁ……!」
ガチ泣きしてた。
アレは放置が良さそうだ。
携帯を取り出してライムを起動する。
「ほらほら、交換するから、順番にな」
そう言うと、みんな一斉に俺のQRコードを読み込んでいく。
順番って言ったんだけど。
みんな満足そうにしてるので、何も言わないが。
「むぅ〜」
「あとでライ厶送るわ。とりあえず申請してあるから追加よろしくー」
「タイムライ厶リレーとかに誘っちゃお〜」
新規の友だちリストを見ると、そこには10人ほど出ていた。
俺、あまりライムしないんだが、言わない方がいいんだろうかこれ。
「ていうか、みんな俺のこと覚えてたんだな」
「そりゃまあ、忘れるわけないよな。お前、クラスではムードメーカーだったじゃん」
マジか……。
そんな自覚は無かったんだが。
心友(仮)の言葉に、他の奴らも賛同してくる。
「うんうん。天川くん、なんだかんだ人気高かったしね」
「体育祭のときなんて、文化部なのに運動部にリレーで勝っちゃうし」
「あぁ! あったあった! 確かそのとき、天川のやつ、ハチマキ忘れてたよな」
「そうだよ、忘れたよ」
中学校最後の体育祭で、ハチマキ着用を義務付けられてるのに、なぜか忘れたんだよ。
学年主任に携帯を貸して
もらって、親に連絡取って事なきを得たが。
「でも昔から、天ちゃんって学校のイベントとかにはやる気出さなかったよね」
「いやいや、やる気出してたよ」
「あぁー……。リレーのときとか?」
「そうそう。他にも幾つか」
まあそのやる気を出した要因は、綾瀬からの応援があったからで。
「アンカーもやってたよな。そのおかげで、100m走を二回やってたし」
「誰のせいだと思ってんだ」
心友の言葉に反論する。
お前が転んで足をケガして、全力で走れなくなったから、俺がアンカーやることになったんだよ。
「幽霊部員で帰宅部となって、尚且つある程度運動神経が良かったのが原因だな」
「張っ倒すぞ」
今となっては全てが笑い話だ。
「話は変わるけど、天川って、スーツ姿似合ってるよな」
「あー! 分かるわかる! 着こなしてる感があるよね!」
「うんうん! 天ちゃんかっこいい!!」
突然の褒め言葉は止めてほしい。
恥ずかしいだろうに。
「仕事してるからな。スーツを着る機会が多かったんだ」
「え!? 仕事してるの!?」
俺の発言にクラスメイト(♀)が驚いた。
そこまでびっくりすることではないだろうに……。
「すごいすごい! どんな──」
それから、しばらく会話に花を咲かせて、トイレ休憩でその場を離れた。
「話してるから喉が渇いて仕方ない」
お腹の中がタップンタップンだ。
これ以上は出来れば飲みたくない。
なんて思いながらトイレから出ると、そこには綾瀬がいた。
「あれ? どうかした?」
少しだけ緊張しているのか、最初のときほど、頬は朱くなかった。
かわりに、俺のことを真っ直ぐに見て、とんでもないことを言い出した。
「今から二人で抜け出して、私と天川くんだけで、ニ次会をしない?」
妄想→互いに恋人経験無し
現実→相手に恋人有
世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ
読んでいただきありがとうございますっ。
P.s ハチマチの件は作者の実話