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緑色のやわらかな瞳で僕をみつめてくる。この感覚に餓えていた僕は、戸惑いつつもその瞳を受け入れてしまう。僕を包みこもうとするその手を、僕は振り払うこともせずにただ欲する。まばゆく、一点の汚れもシミもない真っ白なドレスは、とても僕には不釣り合いだけど、収まることの無い胸の猛りで、僕の脳みそは奥の方まで麻痺している。
彼女が僕に両手を伸ばしてくる。僕のほほに触る。彼女の顔が近づく。
不思議な夢から目を覚ました僕は、自己嫌悪を抑えられなかった。なんだってあんな夢を見たのだろう。僕の前には過去はおろか、未来にさえあんなひとが現れるはずもないのに。
あたりを見渡してみる。何もない部屋、必要なものはなく、いらないものだけ溢れている部屋。
その場の勢いだけで買い集め、全く手を付けてない本やゲームが無造作に散らばっている。乱雑に積み上がったパーカーやジーパン。
ふと、先日首になったアルバイトのことを考える。コミュニケーション能力不足。世間一般ではそう簡単に表現される言葉でも、長年自分という存在を表してきたこの言葉を絶対的に嫌悪している。
月7万ほどで借りたこの1LDK、家賃など払える見込みもない。いつここから、この世から叩き出されるか分かったもんじゃない。
だが、別に悲しむことも無かった。いや、感覚がおかしくなっているのかもしれない。捨て去られる命。宝石よりも価値の無い命。感情はとうに失われている。
先ほど見た夢が頭にまとわりつく。僕の自己嫌悪を加速させる。なぜあんな夢を見たのか。あの女性は誰なのか。あの女性はなぜ…。
一度まとわりついた考えを決して振り払えないのが僕の悪い癖で、とりとめもないことばかり浮かんでは消え、また浮かぶ。不意に浮かんだイメージ、音楽、頭のなかをとぐろを巻きつつうねり続け、消え失せるということを知らない。
届きそうで届かないところにある本を手に取ろうとする。やはり届かない。題名も忘れたその本は、僕に読まれずにそこに置かれている。
このまま死ねればいいのに…。
体が床に沈みこんで、深い深い沼へと沈んでいき、そのまま浮かび上がることのない想像をする。そのまま朽ちることが可能なら…。
不意に呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。いつから鳴っていたのだろうか。友人もいない僕はこの場合、大抵居留守を使うので、きっとそのうち鳴りやむだろうと考えた。
なかなか鳴り止まない。同じ階の他の住民にも迷惑がかかると思い、しぶしぶドアへ向かい、開けた。
「はい。」