再インストール
夜、疲れた身体に油を注す。
その後切れかけたバッテリーを床に就き充電して明日へ向かう。
翌朝は太陽の光で目を覚まし起動すると、
少し外部の情報を仕入れ、
油とガソリンを積んで仕事に向かう。
一時間ちょっとの通勤
フェンス越しの草木が生い茂る中に廃線になった線路が見える
この道を毎朝仕事に遅れないように小走りで駆けていく。
駅に着いてからは満員電車に揺られながら
ドアの端っこに立って目的地までサイレントモードに入る。
仕事はそれほど苦ではないが、
過去のデータを一つ一つ消していき
情報をインストールしている。
何故なら毎日新しい情報を入れる為にメモリが足りなくなり
情報が入らなくなるからである。
私は特に容量が少ないのだろう。
詰め込んだ情報を古いものから順に消して日々を過ごしている。
休憩中、
ふ、とスリープモードに入る時に
顔のぼやけた女性の笑顔が映った。
我に返った私は彼女が誰なのか分からなかったが、
私は彼女を必死に
メモリーから隅々まで探した。
それでも彼女のデータは見つからなかった。
今朝も私達の世代は欠陥があると箱の中で人が揶揄していたのを
思い出し、これがその欠陥なのかもしれない
と、私は思い込むことにした。
仕事を終え、
昼間の事もすっかり忘れた帰り道
廃線になった線路の見える道を歩いていると、
ある親子が目に映った。
小さな男の子がフェンスを掴み、母親に訊いた。
「なんで線路があるのに電車が走っていないの?」
すると、母親はクスッと笑い
「ここは古くなったから電車さんは綺麗なところにお引越ししたのよ」と、
男の子に話した。
それを耳にした途端、
私が捨ててしまった記憶が閃光の様に甦った。
初めて満員電車に乗った時、
周りに押し潰されない様に手を繋いでいたこと。
初出勤の日、不安でいっぱいだったが支えてくれた人。
この帰り道を母と歩いて訊いたこと。
あのぼやけた女性は母だった。
過ぎ行く時間の中で、大切なものがいくつもあったのに
私は今の今まで忘れていたのだ。
あの時の気持ちを忘れていたのだ。
「大切なのは今、現在である」という人がいる。
今を造ったのは過去なのだ。
その現在もいずれ過去になるのであるならば
確かに過ぎ去った日々と同様に
私の日々には大切なものがあるのだと知る、
沈み行く夕焼けの下、
忘れてしまっていた思い出に涙が流れた。