すべての者に幸あれ
「アリス。今大丈夫か?」
昼休み、学食で友人たちとランチを楽しんでいたアリス・パトリック公爵令嬢は後ろからそう声をかけられて振り替える。
そこには、自身の婚約者のであり、この国の第三王子のカルロス王子が数人の取り巻きと一人の少女を連れていた。
「ごきげんよう。カルロス王子。何か御用かしら?」
なんとなく、カルロスの目的はわかっていたが、アリスはあえてそう声をかける。
どことなく、余裕のあるアリスの笑みに対してカルロス以外の取り巻きは皆苦々しい表情で、そして、カルロスの連れてきた少女はわざとらしい程に弱々しくカルロスの腕にしがみついていた。
(この子が噂の・・・)
ここ最近、婚約者のカルロスが他の女に熱を入れているというのは聞いていたが、実際に見たのは始めてだ。
少女は小柄でどこか庇護欲をそそられる容姿をしているのに対して、アリス自身はといえば、どちらかというとキレイ系の容姿なので、真逆のタイプが王子の好みなのだろう。
「ああ、実はアリスに頼みがあってね。」
そんなことを考えているとカルロスがそう切り出してきた。
「頼みですか?内容にもよりますが・・・」
「そう難しくはないよ。僕との婚約を取り消したいんだ。」
さらっと、告げられた内容に学食内の人間は驚愕する。
こんな公衆の面前でまさかの婚約破棄の宣言だ。普通に驚く。
ただ・・・
「一応理由をお聞きしても?」
アリスはあえて冷静にそう返した。
アリスの本音としては婚約事態は別に破棄してもいいのだが、婚約者としての最低限の義務として理由を訊ねる。
すると、カルロスは苦笑しながら言った。
「どうやら、最近流行の真実の愛に目覚めてしまったらしくてね。」
「あらあら。」
どこか他人事のような会話の二人。
「では、私はそこにいる子に陰湿な嫌がらせをしたとかで今から糾弾されるのでしょうかね?」
「僕としてはそれでもいいけどね、やるかい?」
楽しげに会話をしている二人の雰囲気にどこか違和感を覚えるギャラリーの生徒達。
が、そこに空気を読まずに割り込むのは、件の少女。
「アリスさん・・・私もカルロスを取ったのは悪かったと思いますが・・嫌がらせをするのはどうかと・・・」
「あら?私何かしたの?」
少女は弱々しくアリスにそう訴えてくる。
端からみると、悲劇のヒロインの少女だが、正直今日初めて話した子に嫌がらせなど到底無理な話ではある。
・・・まあ、一部の生徒は知らないのだろうが。
「そうですよ。アリスさん。マリアに対する嫌がらせなんて最低です。」
そう言ってくるのは件の少女・・・マリア?の取り巻きの一人で騎士団長の息子。
「嫉妬はわかりますが、醜い行為はいただけませんね。」
そう言ってくるのはマリアの取り巻きの一人で宰相の息子。
「顔がよくても、性格悪いのはねー」
「ありえないよねー」
そう言ってくるのはマリアの取り巻きで、伯爵の双子の兄弟。
「姉さん。あなたって人は・・・」
そう言ってくるのはマリアの取り巻きの一人で、アリスの弟。
「罪は償わねえとなぁ!」
そう言ってくるのはマリアの取り巻きの一人で、有名な冒険者の息子。
彼らと、カルロスを含めた7人がマリアの取り巻きだ。
(見事に権力者を堕したのね・・・というか、私の弟の女の見る目のなさが嘆かれるわね・・・)
アリスは自身の弟が取り巻きにいたことを知っていたとはいえ、実際に見ると頭を抱えたくなった。
まあ、とはいえいわれなき罪に関しては一応反論する。
「まあ、聞いては貰えないかもですが、私はその方とは今日初めてお会いしたのですが・・・えっと、マリアさんですか?私はあなたに何をされたと?」
「と、とぼけないでください!」
そこから聞かされた内容は以下の通りらしい。
いわく、アリスがマリアの私物を壊した。
いわく、アリスがマリアの教科書を破いた。
いわく、通るときに悪口をいわれた。
いわく、ドレスにわざとワインを掛けられた。
いわく、階段から突き落とされた。
などなど・・・
「まあ、地味な嫌がらせね。」
それを聞いたアリスの第一声はそれだった。
「それで、カルロス王子も私の犯行だと?」
アリスはさっきから黙ってニコニコしている婚約者?にも聞いてみる。
「まあ、残念ながら思わないねー。そうあっては欲しいけど。」
「あらあら、正直ですこと。」
「か、カルロス・・・なんで・・・」
その返答を聞いたマリアは驚いたようにそうカルロスに聞く。
「どの件も証拠がなくてね・・・まあ、マリアの気持ちもわかるけど、さすがに無理があるしね。僕は婚約破棄さえ出来れば満足だからね。と、いうわけでアリス。いいかな?」
「ええ。後のフォローをキッチリなさるなら私は構いませんよ。」
「じゃあ、手続きするから僕は行くね。マリア。おいで。」
「えっ・・ちょっ・・・カルロス!」
そう言って去っていく、カルロスとマリア(+取り巻き)達を見送るアリス。
「お騒がせしてすみませんでした。」
アリスは最後に一応学食の生徒にそう謝って友人たちとともに教室へと戻った。
(そういえば、断罪途中だったのに、よかったのかしら・・・まあ、いいけど。)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
カルロスは一人で王城にきていた。
アリスに婚約破棄を告げてからマリアと取り巻きを黙らせるのに多少苦労はしたが、今回のことには一人で王城に行くべきだったからだ。
執務室へと着くと、そこには自身の父親・・・この国の王と、兄である第一王子のリクベルがいた。
「お忙しいところすみません。父上、兄上。」
「どうした?おまえからくるとは。」
「何かあったのかい?」
齢50になるはずなのにまったく衰えを知らない父と母親に似た美しい容姿の兄は心配そうに声をかける。
そんな優しい二人にカルロスは告げた。
「単刀直入に言います。アリスと婚約破棄をしたので、私を嫡廃してください。」
「なに?」
「アリスと婚約破棄か・・・」
驚いた表情の父とどこか嬉しそうな表情の兄に事情を説明する。
「なるほど・・・公衆の面前での婚約破棄に、公爵令嬢への冤罪疑惑か・・・」
「確かに痛いな・・・王太子は俺に決定してるからいいが、確かに王族としてはいただけないな。それで?お前の思い人は平民だったか?」
「はい。マリアという平民です。魔力量に優れた愚かな娘ですが・・・」
嬉しそうな表情でそう言うカルロス。
「愚かか・・・お前の悪い癖が出たか。」
「物好きだよね。」
カルロスの性格を知る二人は苦笑いを浮かべる。
カルロスは幼少の頃より変り者だった。
キレイなものよりも、歪んだものを。
その執着は大きくなるにつれておとなしくなっていたが、学園に入って出会ったマリアによりそれが爆発した。
カルロスが最初に会った時に、すでにマリアは何人もの男を堕した後で、さらにカルロスまで手を出してきた。
愚かな娘。歪んだ性格と、媚びるようなわざとらしいしぐさ。
それが、カルロスにはたまらなく美しくみえた。
しかし、王族では彼女を手にいれた後に問題になる。
ではどうすればいいか。
答えは自信も平民になり、罰として自信との婚約を結ばせればいい。そうカルロスは考えた。
万が一逃げようとしても、拘束して部屋に閉じ込めればいい。
カルロスは平然とそう考えた。
だからこそ、アリスとの婚約を解消したのだ。
アリスに婚約者を頼んだのも、自分への関心が一切ないからであり、だからこそ婚約の解消は簡単だった。
それに・・・
「じゃあ、父上。俺は今からアリスを口説きに行きますので、公爵への伝令と婚約をすすめてください。」
「わかった・・・とはいえ、あの頑固な公爵への伝令か・・・なんとか口説けよ。息子よ。」
「勿論ですよ。」
「兄上。頼みました。」
「もちろん。お前も頑張れ。」
そう言って部屋を出ていく兄。
兄は昔からアリスにぞっこんで、カルロスとの婚約破棄を密かに待っていたのだ。
だからこそ、王位を継承しないはずのカルロスの婚約者のアリスに何故か王妃が直々に教育をしていたのだが、それは秘密の話だ。
「さて、父上。あとの処分はお願いします。」
「ふむ。わかった。元気でな。」
「ええ。幸せにやりますよ。」
カルロスはそう笑顔を浮かべた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アリスは、婚約破棄を知らせるために、実家に帰ってきた。
伝来は届いてるはずだが、それでも今後のことを父とも話したかったので学園に外出許可を貰ってきた。
家に着くと、見知らぬ・・・と言いたい馬車が止まっているのをみたアリスは思わず帰りたくなったが、仕方なく屋敷へと入る。
侍女に父の所在を聞くと応接室にいるらしいことがわかり、部屋へと向かった。
「お父様。アリスです。よろしいでしょうか?」
「おお、アリス。入りなさい。」
入室許可をえて入ると、中には父と王妃様にそっくりな金髪の王子さまっぽい人物がいた。
(うん。まあ、本物の王子だけどね。)
中にいたのは、先程婚約破棄をされたカルロスの兄でこの国の第一王子のリクベル王子がいた。
父と王子はアリスの顔を見ると笑顔を浮かべた。
「お邪魔でしたか?」
「いや。今話がついたところだ。大変だったな。」
「いえ。大丈夫です。それよりも・・・」
アリスは父から王子へと目線を移す。
「リクベル王子は何故我が家に?」
「プロポーズかな?」
「ご冗談はおいておいて・・・」
「本気だけどね。では、公爵。少しアリス嬢をお借りしても?」
「・・・・まあ、約束だからな。」
「ありがとうございます。じゃあ、行こうか。」
リクベルはそう言ってアリスを庭へと連れ出した。
庭へと出るとリクベルはアリスの方を向いて真剣な表情をしていた。
「アリス。俺と結婚しよう。」
「・・・・・・・・・」
「昔から、俺の気持ちはアリスにしかない。そして、アリスの気持ちも分かってる。だから・・・」
そこでリクベルはアリスの手をとり、左手の薬指を撫でると言った。
「俺と夫婦に・・・家族になって欲しい。俺のお姫様。」
アリスは息を飲む。
わかっていたことだ。
昔から、気持ちを偽り、仕方ないとカルロスの婚約者になっていたアリス。
でも、本当は・・・・
「私も・・・貴方が・・・貴方だけを慕ってました・・・ですから・・・」
アリスはそこで少し恥ずかしそうに頬笑みながら言った。
「貴方のお嫁さんに・・・家族にしてください。愛しの王子様。」
初恋という淡い花が咲き乱れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、それからの話を少しすると、まず、第三王子のカルロスは予定通り嫡廃。平民へと位を落とし、小さな家でマリアとともに幸せに生活をしている。
マリアは、公爵令嬢への冤罪で罰を受けそうになったが、第三王子のカルロスによる最後の我が儘でカルロスとの生涯に渡る離婚ができない結婚という刑罰で幕を閉じた。
もちろん、異論は出たが、なんとか反対を押切り、カルロスとともに小さな家で生活をしている。
もっとも、王子の身分を失ったカルロスに最初は難色を示して、逃げようとしたが、カルロスによるちょうきょ・・・教育により、逃げることはなくなった。
また、マリアの取り巻きは皆、それぞれの家での再教育や嫡廃などのそれぞれの家の裁量で片をつけた。
そして、アリスはというと・・・・
「アリス・・・綺麗だよ・・・」
花嫁姿をしたアリスをリクベルは見惚れたように笑みを浮かべて褒める。
「ありがとうございます・・・リクベル様。」
嬉しそうにハニカム、アリス。
今日は、正式に王太子になったリクベルと、王太子妃になるアリスの結婚式。
学園を卒業したアリスは次の日に結婚式を挙げて、晴れて本物の夫婦になる。
「ねぇ、アリス。」
「はい?」
「君は幸せかい?」
「もちろんです。あなたと一緒なら・・・」
後に、愛妻家の賢王として知られるリクベルと、その夫を支えた美しき王妃として名が残るアリス。
アリスの生涯最後の日記にはこう記されている。
ーーーーすべての者に幸あれーーーーと。
お読みくださりありがとうございます。
纏まってかけそうになかったので短編にしました。短いのはごめんなさい(^_^;)