9.ヒカリ
もしも運命の出会いというモノがあるとして、それは一体どんな出会いだろうか。
様々な偶然が重なり合い、奇跡とも言えるタイミングで起こるそれ。
そう、それはこんな場においては、目の前にいる女性が高校の同級生であったり……。
――嫌な偶然だ。
俊介は内心で溜息を吐き出した。
仮に運命めいた出会いがあったとしても、それはきっと受け取り手次第で如何様にも変わってしまう事だろう。
目の前にいるヒカリという女性。
彼女のプロフィールカードを確認して、併せて神眼スキルも使用すれば、あっさりとそれは確信へと変わる。
面倒だなどと思いつつも、気付いてしまった以上、放置するのも気が引ける。
挨拶を交わしてから無難な話題で繋ぎつつ、相手を観察しているが、どうもヒカリは、この事実に気付いてはいないようである。
どうやって切り出すべきかと一瞬迷ったが、探り探り問いかける事にした。
「ヒカリさんは、もしかして○○高校じゃないですか?」
「え?どうして分かるんですか?」
驚いた様子のヒカリに俊介は続ける。
「どうしてでしょう?××って先生覚えてませんか?」
「え?え?うそ?なんで?」
混乱しているヒカリが少しだけ可哀想になった俊介は仕方なく助け船を出す。
「たぶん同じクラスでしたよ。忘れられてるみたいなんでショックですが……」
最後に少し落ち込んだフリをしつつヒカリの様子を伺う。
未だに誰か分かっていないらしく、学生時代の自分はそんなに影が薄かっただろうかと、苦笑してしまう。
どっちかと言えば、影が薄かったのはヒカリさんの方なんだけどな。
内心の呟きを声に出すことなく、ニコニコしつつヒカリの回答をのんびりと待った。
「えっと、部活は何だった?」
「バスケ部、ヒカリさんは……。ごめん、覚えてないや」
「私は茶道部」
「なるほど、週一の部活だよね」
等と覚える気もない癖に、適当に話しを合わせた。
「うん、ねぇ?本当に同じクラスだった?」
そう言われると、少し自信がなくなってくる。
「たぶん。おそらく、きっと、もしかしたら……」
「あっ!わかった!」
「なんで今ので思い出すわけ?」
苦笑する俊介に、ヒカリは「なんでだろ?」と首を傾げていた。
高校時代、ヒカリとの思い出はハッキリ言って、何もない。
同じクラスではあったけれど、会話した記憶がほとんどないのだから当たり前だ。
かと言って彼女が虐められていた等という事もない。ボッチという訳ではなかったが、決して友達が多いタイプでもなかったように思う。
では俊介はどうだったかと言えば、ヒカリとそう変わらない。
多少の差はあったかもしれないが、五十歩百歩。誰とでも普通に会話していたと思うが、その関係性は浅いモノがほとんどだった。そんな訳だから、ヒカリが俊介の事を覚えていないのも仕方ないと言えるかもしれない。
とは言え、互いにあまり覚えてなくても同級生との再会というのは、特別だ。
この場において二人は、不思議な高揚感を感じていた。
学生時代にほとんど会話した記憶がなくても、妙な安心感のようなモノを感じるせいか、やけに会話が弾む。
その内容は学生時代の事ばかりでなく、今の仕事や、生活、趣味等も含まれる。
なぜか新鮮で、同時に懐かしい。
そんな不思議な感覚。
俊介は目の前のヒカリを見て思うのだ。
変わらないなと。
いや、見た目は綺麗になった感じるし、随分と大人な女性へと成長している。
それでも、彼女の内から見え隠れする卑屈な部分が、俊介にそう感じさせた。
「ところでヒカリさんは、婚活パーティ初めて?」
「あっ、婚活パーティ自体は初めてじゃないよ。ここのは初めてだけど」
何となく場馴れしている感じがした俊介だったが、その予想は当たっていたようだ。
「そうなんだ。ここって不思議だよね。スキルとかあるし」
俊介の言葉に、ヒカリは「うんうん」と首を縦に振っている。
「ヒカリさんは……。あれ?スキルなし?」
質問しつつ、神眼スキルを使用する。先程も見たが、そこにはしっかりとスキルが表示されているのだ。
俊介は意地が悪いな。と自嘲した。
ヒカリが持つスキルの一つは偽装。
自分の情報を偽る事が出来るスキルである。神眼の下位互換に当たる鑑定スキル等であれば、その偽情報を見抜く事ができない。しかし、俊介の神眼スキルならばそうはならない。偽装前後の内容が、しっかりと確認出来てしまうのだ。
偽装していたのは、もう一つの所持スキル。
その名は印象操作。
とある条件を満たす事で、相手が受ける印象を一定時間自由に操る事が出来るスキルだ。
事前に察知できたおかげで、俊介相手には印象操作スキルが発動される事はないが、なんとも怖い能力である。
ヒカリは俊介の問いに、若干の焦りを見せた。
しかしその答えは、やはり俊介が想像していた通りのものだった。
「う、うん。私はスキル貰えなかったみたい」
肩を落とし「不公平だよね」等と演技する姿に、思わず溜息を吐き出したくなってしまったのだった。
仕方ないか。
俊介はそう思った。
仮にスキルを使用せずとも、持っている事を相手に知られれば、それだけで避けられるだろう事が予想出来るからだ。
俊介は、それ以上の追及はしない事にした。
そうして適当に会話をしていると、時間が訪れた。
決して悪い相手ではなかったが、同級生であるヒカリに手を出すのは憚れる。
その事を、それとなく気付かせようと思った俊介は、プロフィールカードを返却する際、お礼と共に「頑張って」とヒカリに告げたのだった。




