7.メリー
「私メリーさん、今あなたの目の前にいるの」
俊介が席に着くと同時に、目の前の女性がそんな事を言った。
挨拶もしてないのに……。
少しズレた事を思いつつ、俊介は目の前の女性を見た。
パッと見は十代前半の少女である彼女は、肩にかかる緩くカールした金髪と深い海のような碧い瞳が特徴的だった。整った顔立ちはまるで人形のようであり、白いゴシックドレスがそれを助長している。
俊介は「宜しくお願いします」と言い、作った笑顔でプロフィールカードを差し出した。
メリーと名乗った女性の先程の言葉は、とりあえず聞かなかった事にしたのである。
面倒だったから。
「えっ、あっ、宜しくお願いします……」
流された事が余程悲しいのか、悲壮感たっぷりのメリーさんの態度に俊介は少しだけ罪悪感を感じた。
どうしたものかと思いつつも、とりあえず渡されたプロフィールカードへと目を走らせた。
ニックネーム:メリーさん
年齢:三十七歳
種族:都市伝説
身長:百四十七センチ
年収:一千万円以上
職業:メリーさん
なんか色々とヤバイ。
俊介はメリーさんへと視線を向けて、神眼スキルを使用した。
ネタじゃないのかよ……。
その存在を裏付けるように所持スキルは、千里眼、瞬間移動、強制通話があった。
因みにプロフィールカードのスキル欄は空白。
仮に本物のメリーさんでなくても、付き合ったら絶対にダメな相手である。
怖すぎる。
とはいえ、さすがに態度に表す訳にもいかない。
俊介はニコリと微笑んで、真剣な表情でプロフィールカードを見ているメリーさんに話しかけた。
「最初のあれって冗談じゃなかったんですか?」
するとメリーさんは勢いよく顔を上げると、目を見開いた。
「やっぱり聞こえてたんじゃない!なんで無視したの!?」
面倒だったから。
そう思いつつも、俊介はつらつらと心にもない事を口にする。
「すいません。突然の事に驚いてしまいました。まさかあの有名なメリーさんに会えるなんて思ってもいなかったので……。失礼でなければ握手とかして貰ってもいいですか?」
「え!?そうなの?だったら仕方ないわね。もちろんいいわよ」
嬉しさを隠しきれないのだろう。緩みまくった表情のメリーさんと握手を交わした。
「小さくて可愛い手をしてますね」
「そ、そう?」
俊介の言葉に、メリーさんは嬉しそうな表情で、自らの手を目の前に広げて眺めている。
「そうですよ。俺の手はそんなに大きくないですけど……。ほら」
そう言って手を広げて差し出せば、メリーさんがおずおずと自らの手を俊介の手に合わせた。その手は本当に小さく、俊介の第一関節よりも低い位置にあった。
俊介は「女の子って感じですね」などと言いつつ、メリーさんに笑いかけた。
まんざらでもない様子のメリーさんを見ながら、何とか機嫌を取る事に成功したと僅かに安堵した。下手に怒らせてターゲットにされたら堪らない。
さて次の話題はどうしようかと、プロフィールカードに視線を走らせていると、メリーさんが口を開いた。
「シュンスケさんは男性が専業主婦をするのって、どう思う?」
俊介はメリーさんの目を見つめて、一瞬の内に回答を考える。
正直言えば、自分がその立場になるのも、それはそれで悪くはないと思ってはいるが、メリーさんの収入を考えると、素直に回答するのは悪手に思えた。
「専業主婦ですか?夫婦の在り方としては悪くはないと思いますよ。俺としては働いていたいですけどね」
俊介の答えにメリーさんは「そっか」と呟いた。
「メリーさんは旦那さんになる人に専業主婦になって貰いたいんですか?」
「それはイヤ」
きっぱりと言い切ったメリーさんに俊介は当てが外れたと少しガッカリした。
「それはどうしてですか?」
「世間的にね……」
そう言って苦笑するメリーさん。
俊介もそれに合わせて苦笑すると、あんまり引っ張ると面倒臭そうなので、さっさと話題を変える事にした。
「メリーさんはどんなタイプの人が好きなんですか?やっぱり男らしい人?」
「よくわかったわね?その通りよ。引っ張ていってくれる人が理想なの。でも外見は可愛い系が好みかも」
ニコリと微笑んだメリーさんは最後に「あなたみたいにね」と付け加えた。
ぞくりとした俊介は、冷や汗をかきながらも表情だけは笑顔をキープしてみせた。
「本当ですか?お世辞って分かっていても嬉しいです。でも俺はどっちかって言うと、引っ張って貰いたい側なんですよ」
そう言って俊介は「残念です」と肩を落としてみせた。
ちょっとヤバイかも。等と思いながら次の話題を考えている俊介は「それはそれでありかも」といった呟きが聞こえて来て戦慄した。
しかし内心のそれを一切悟らせない俊介の態度はさすがである。
メリーさんの小さな呟きは一切聞こえてないフリをしつつ、さらりと話題を変えた。
「おっ、随分可愛い絵ですね」
そう言ってメリーさんのプロフィールカードに書かれた絵を指差して、相手に見せた。
書かれていたのは萌えキャラ化された、迷子のメリーさんだった。
吹き出しまでついていて『私メリーさん、今どこにいるのかわらないの』と書かれている。どこかで見たような気もしないではないが、それについては突っ込まない事にした。
「えへへ。可愛いでしょ?頑張って書いたの」
「メリーさんは方向音痴なんですか?」
「ちょっとだけね」
ほんの少し舌をだして「えへっ」と笑うメリーさんが随分とあざとく見えた。
千里眼と瞬間移動を併せ持つやつが何を言うかと喉まで出掛ったが、それをなんとか堪えた。適当に「可愛いですね」などとお世辞を言って俊介は誤魔化したのだった。
どうもメリーさん相手に上手くいかない。
どうしたのものかと思考する俊介に、メリーさんから次々と質問が飛んでくる。
「家事の分担についてどう思う?」
「やっぱり家庭的な人が良い?」
「どんな手料理が食べたい?」
「理想の夫婦生活ってどんなの?」
「子供は好き?」
「何人くらい欲しい?」
「男の子と女の子どっちがいい?」
そのどれもが結婚を前提とした内容に、俊介の冷汗は止まらない。それでも顔にも態度にも、一切現れないのが俊介の凄い所だろう。
防戦一方の俊介だったが、終了の合図が聞こえてようやく安堵した。
三分という短い時間だったはずだが、今回は異様に長く感じた。体感としては、一時間くらい会話していた気分である。
お礼を言ってプロフィールカードを交換した俊介は、メモに"ストーカー"と書こうとして、途中で止めた。千里眼スキルの存在を思い出したからだ。
しかし途中まで書かれたメモには"スト"の文字。
俊介は即座に頭を回転させて"ストライク"に変えると、その隣に一千万円以上と書き加えた。これで仮に見られたとしても、金目当てだと思って諦めるだろうという魂胆だ。
しかし俊介は気付かない。
案の定、俊介のメモを千里眼スキルで覗いていたメリーさんが、金で釣れたとほくそ笑んでいた事に……。




