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43.届かない想い

 ルルにゴリラの顔が描かれたコインを渡してから、二週間ほどが経っていた。結局何も変わりはしない。そう思っていた俊介の元に、セリナからメッセージが届いた。

『今すぐ会えますか?』

 あまりに唐突な内容に俊介は首を傾げる。何かあったのだろうかと、僅かに胸騒ぎを感じながら、メッセージを返信した。

『大丈夫だよ』

 本当はこれから買い物にでも出かけようかと考えていた。しかし、買い物なんていつでもできる。どう考えてもこちらの予定の方が優先度が高い。そうして少しのやり取りをした後で、ゲートを起動した。現れた扉には既にランプが一つ灯っていた。セリナはよっぽど慌てているのだろうかと俊介は思ったのだった。


「なんであんな事したんですか!?」

 扉から入ってくるなり、セリナは俊介へと向かって叫んだ。大人しいイメージのセリナに何があったのだろうか。俊介は驚きながらも、セリナへと問い返す。

「ちょっと待って。何の話?」

「これですよ。これ」

 そう言って差し出したのは、ゴリラの顔が描かれたコイン。ルルに渡したはずの物がどうしてここにあるのだろうか。俊介の胸に疑問が渦巻く。

「どうしてそれを?」

「どうしてって?私は今婚活パーティーのスタッフをしてるんですよ。色んな世界のお金を扱ってるんですから、こういう事だってあり得ます」

 そんな訳はないと俊介は思った。なぜならそのコインは記念通貨なのだから。それを支払に使い、且つセリナの元に辿り着く可能性など非常に低いはずなのだ。という事はルルが動いたと見て間違いないだろう。しかし、それに関しては今はいい。問題なのは、そのコインがセリナの手に渡ってしまった事だ。

「そっか。バレちゃったのか」

 その言葉を聞いたセリナは、俊介を睨みつけた。

「こんなのズルいです」

「ごめん」

「嫌です。許しません。どうして俊介さんは、そんなにもお人好しなんですか!?」

 セリナの言葉に苦笑が漏れる。確かにその通りなのだろう。セリナが持つゴリラの顔が描かれたコイン。それは裏返したところで、絵柄は同じ。裏表なんて最初から存在しないのだ。

「本当にごめん」

 自分から言い出した賭けでズルをしたのだ。謝る事しかできやしない。そんな俊介を見たセリナが大きく溜息を吐き出した。

「もう良いです。賭けは私の勝ちで良いです。賭けに勝ったら自由にして良いって約束でしたから、自由にします。私は本当の事を伝える事に決めました。一度しか言いませんから良く聞いてください」

「――わかった」

 俊介が返事をした事を確認して、セリナはゆっくりと話し出した。

「あの日、レベッカさんが、怪我をした俊介さんを連れて来た日。私はレベッカさんに酷い事を言ってしまったんです」

「酷い事?」

「俊介さんに会わないで欲しいって言ったんです。一緒にいたらもっと酷い事になるって」

 大きく息を吐き出したセリナは「最低ですよね」と暗い笑みを浮かべた。

「そっか。話してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」

「何が大丈夫なんですか!?」

 急に声を荒げたセリナに俊介は驚いた。相手を落ち着かせるように、穏やかな声で話しかける。

「大丈夫ってのはおかしいね。ごめん。ただ他の理由で、もうレベッカには会えないんだよ」

「それ嘘ですよ」

「――え?」

 想定外の答えに俊介は固まってしまう。

「愛する人と結ばれたら消えちゃうなんて嘘ですよ。あの日、俊介さんの治療をした時に、その話を聞きました。俊介さんも同じ話を聞いたんですよね?」

「そう、だけど……」

 俊介は訳が分からないと言った表情でセリナを眺めていた。

「私が真偽判定のスキルを持っている事をお忘れですか?スキルが使える場所では私に嘘は通用しません。レベッカさんは消えてなんかいないんです」

「そんなことって……。じゃあどうしてレベッカは……」

 茫然と立ち尽くす俊介。

「もう忘れたんですか。レベッカさんが一緒にいると俊介さんが、危険な目に合うって。酷い怪我を負うかもしれないって私が言ったんです。だから。だから、レベッカさんは俊介さんの事を想って、嘘までついて身を引いたんですよ。まぁ全部私のせいなんですけどね」

 そう言ってセリナは自嘲した。

「そうだったのか。バカだな、俺は。今更何もかも手遅れじゃないか」

 肩を落とした俊介にセリナは問いかける。

「俊介さんはレベッカさんの事が好きなんですよね?」

 セリナの言葉に、俊介は何かが吹っ切れたように声を張り上げる。

「――そうだよ。今もレベッカが好きだよ。守ろうとしたはずの相手に守られていたなんて。しかもその事を今の今まで知らなかったんだ。間抜けだよな」

 その声は尻すぼみになっていた。

「本当に間抜けですね。でも、まだ一つだけ出来る事はあります。チャンスが欲しいですか?」

 俊介の表情が変わった。あきらめを含んだそれが一瞬にして消えてなくなったのだ。

「そんな方法があるの?あるなら頼むよ」

「わかりました。原因を作ったのは私ですので、力を貸してあげます。その代わり謝りませんからね。私は間違った事を言ったつもりはありませんから。でも、レベッカさんに会ったら、私が会う事を許したって伝えてあげてください」

 セリナはカードを取り出すと、ゲートを起動させた。しかしそれは俊介が見慣れている物とは明らかに違っていた。現れた扉には豪華な装飾が施され、灯るべきランプは一つしか見当たらない。

「これって……」

「今の私は婚活パーティーのスタッフです。スタッフ権限で、一度だけですが自由に扉を開く権利を貰っているんです。カードを差してレベッカさんを選択してください。そうしたら、すぐに会えますよ」

「わかった。ありがとう」

 言うと同時に俊介は動き出した。震える手でカードを差し込み、表示された中からレベッカを選ぶ。すると一つだけ付いていたランプが点灯し、扉がゆっくりと開き出した。それを確認した俊介は、セリナにもう一度お礼を言って、そのまま走るように扉を潜っていったのだった。


「あーあ、やっちゃった」

 閉じられた扉を前にしてセリナは誰にともなく呟いた。そして、大きく息を吸い込んで、扉に向かって叫んだ。

「私は俊介さんの事が好きでした!」

 自分で決めた事なのに、涙で視界が霞んでしまう。でも、もう後戻りはできない。黙っていれば良かったのに、セリナにはそれが出来なかった。それは誰よりもセリナに優しくしてくれた俊介を裏切る行為に思えたから。そんな事をしてしまえば、セリナを散々利用した連中と同列になってしまう。俊介と過ごした大切な思い出が、全て紛い物になってしまう。初めて人を好きになれたこの気持ちが、嘘っぱちになってしまう。

 そう思ったのだ。

 そんなのは絶対に嫌だ!

 だからセリナは決断した。でも、やっぱりどうしようもなく悲しくて、せめてこの気持ちを吐き出そうと、言葉を続ける。

「バカみたいに優しくて、お人好しな俊介さんの事が、いつの間にか大好きになってました。でも、もう諦めます。今までありがとうございました。」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔で、閉じられた扉に向かって話しかける。その声が、決して届く事がないと知りながら。








次で完結です。

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