42.免罪符
久しぶりに俊介に会うルルは、嫌な予感を感じていた。理由は分からないが、会ってしまったら何かが崩れてしまうような、そんな確かな予感。
「気のせいなら良いんだけど」
小さく呟いてゲートを起動した。扉の向こうからやってきた俊介は、心なしか少しやつれているように見えたのだった。
「ちょっと痩せた?」
「やっぱ分かる?実はちょっと仕事が忙しくて、夏バテ気味なんだよね」
頭を掻きながら苦笑するその姿に小さな違和感を感じた。しかしその時感じた小さな違和感は、その後に続いた俊介の言葉によって、すぐに霧散してしまった。
「でも久しぶりにルルに会えて元気が出たかも。今日はいっぱい元気貰って帰るから」
相変わらず口が上手い。頬が緩みそうになるのを堪えていたら、前回同様に手を握られた。
「じゃあ、行こうか。案内してよ」
「うん。こっち」
ルルは頷くと、恥ずかしさと嬉しさを誤魔化す様に、俊介の手を引っ張って歩き出したのだった。
向かった先はルルのお気に入りの場所。世界中の花が展示されているその施設は、いつ行っても全ての季節の花を楽しむ事が出来る。細分化された区画は、それぞれに少しずつ季節にズレがあるように調整されてるのである。
その事を俊介に自慢げに説明しながら、楽しそうに歩く。繋がれた手は、いつしか前後に揺られ、まるで小さな子供がふざけているようでさえあった。
しばらく歩くと見えてくるのは、ルルがいつかデートで来たいと、ずっと思っていた場所。坂を上り、木々が開けたそこから見えるのは、高さ二千メートルを超える巨大な木。世界樹と呼ばれるそれは、この世界を成り立たせる為には、なくてはならない存在だ。
「すごいな」
俊介がポツリと呟いた。その目は驚きから見開かれ、口も半分空いている。こんな間抜けな表情もするんだと、ルルは俊介に気付かれないように小さく笑った。
高台に設置された丸テーブルに弁当を広げ、世界樹を眺めながら食事を楽しむ。今回も俊介の好物を中心に揃えたそれは、間違いなく俊介の胃袋を掴む事が出来るだろう。
「どうかな?」
緊張しながら、弁当を食べる俊介を見れば、笑顔で親指を立てていた。
「美味い!これって何の肉なの?」
そう言って俊介がフォークを刺した唐揚げを見て、ルルは笑みを浮かべる。奮発して買ったのが功を奏したようだ。
「でしょ、でしょ。それはなんとドラゴンのお肉なんだよ」
「は?マジで?ドラゴンなんているの?」
俊介は驚いたように、その唐揚げをマジマジと観察していた。
「養殖だけどね。しゅん君の所にはドラゴンがいないの?」
「俺の所ではドラゴンなんて空想上の生き物だよ。それを養殖だなんて。スゲーな……」
「じゃあ今度、一緒に見に行く?」
「え?いいの?行く行く。ぜひお願いします」
そう言って、小さな子供のように嬉しそうに笑う俊介を見て、ルルの胸が小さく痛んだ。どういう訳か、その姿が無理して笑っているように見えてしまったのだ。
気のせいだよね。
そうやって自分に言い聞かせてみるが、一度浮かんだ疑念は簡単には消えてくれない。だったら確かめるしかないだろう。ルルは小さく息を吐き出して、俊介へと視線を向けた。
「ねぇ、しゅん君は、いつも持ち歩いている物とか身に付けてる物ってある?」
「急にどうしたの?あるにはあるけど、それがどうかした?」
あまりにも唐突過ぎた事に反省しつつ、俊介へと適当な説明をした。
「急にごめんね。最近占いに嵌ってるんだ。良かったら占わせて」
「占い?持ち歩いている物で占うの?」
「うん。お願い」
顔の前で手を合わせて、上目遣いで俊介を見る。少しあざと過ぎるだろうかと、そう思ったルルだったが、そのまま押し通す事にした。
「わかったよ」
「ありがとう。じゃあここに出してみて」
そして出て来たのは、連絡用カードに財布、小型の端末、そして腕時計。
「これでいい?」
「うん、ありがとう」
何の疑いもなく出してくれた俊介にお礼を言って、ルルは腕時計を手に取った。そしてスキルを使用する。それは俊介にもバレていないルルのスキル。物に宿る残留思念を読み取る事ができるその力で、腕時計に残った記憶を読み取れば、見えて来る。知るべきじゃなかった事実。
一瞬にして多くの事を知ってしまったルルは、小さくため息をこぼした。
「え?何その溜息。怖いんだけど、どんな結果だったの?」
俊介の反応に、そう言えば占いの途中だったと反省し、気持ちを引きしめた。そして、口から出た言葉に自分でも驚いた。
「もしかして最近辛い事があったりした?」
「――ッ!」
「図星かな?運命を変えたいと思う?」
「え?」
「もし変えたいなら、ゴリラの顔がデザインされたコインを私にちょうだい」
「なんでそれを?」
言ってから、入り込み過ぎたと後悔したが、もう遅い。自分の言葉をフォローするように口から出まかせを言う。ペラペラと調子よく動く自分の口に若干呆れた。
「やっぱり持ってるんだね。この世界ではそういうのが簡単に分かっちゃうんだよ。だから気を付けなきゃダメだよ。それでどうするの?」
ルルの問いかけに、俊介は大きく息を吐き出すと財布の中から、ゴリラの顔がデザインされたコインを取り出した。
「本当にこれで運命が……」
半信半疑と言ったところだろうか。首を傾げながら差し出したコインをルルは受け取った。そして再びスキルを使用する。先程までの情報で足りない部分を補った。そして繋がってしまったいくつもの事実。分からない部分も残ってはいるが、自分の勘がセリナという女性が何かを握っていると告げている。
「絶対ではないけどね。あくまでも可能性があるだけ。それでも良い?」
「うん、宜しく頼むよ」
目の前で頭を下げた俊介を見ながら、ルルは小さくため息を吐き出した。
何やってるんだろう。
そう思わずにはいられない。どうしてわざわざ他の人との恋を応援するような真似をしようとしているのだろうか。そんな事をしても何の得にもならないのに……。
でも、俊介のあの表情を見ていると辛くなってしまう。自分が絶対に一番になれないのだと実感してしまうのだ。それはあまりにも辛すぎる。だからせめて……。
はぁ、バカだなぁ。
でも、仮に手助けしたとしても成功率はそんなに高くはない。むしろ失敗する可能性の方が遥かに高いのだ。だからこそなのかもしれない。自分に免罪符が欲しいのだ。
弱った俊介の心に付け込む為の免罪符が。
だからどうか、この作戦が上手くいきませんように。
前回貰って手帳に挟んだ四つ葉のクローバーを思い出しながら、ルルは誰にともなくそう願ったのだった。




