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41.隠している事

 怪我をした時に助けてくれたお礼をする為に、俊介はセリナと会っていた。レベッカと別れてから二週間ほどが経過していた。

 あの後、全てが色褪せて見えてしまった俊介は、少しの間、自分の殻へと閉じこもっていた。それでも、僅かな時間で外面だけは取り繕い、今こうして他の人と会える程度には回復していた。しかし見た目は今まで通りでも、俊介の心にはぽっかりと大きな穴が空いたままだ。出来る事なら、もっと長い間、一人で悲しみに浸っていたかった。

 でも出来なかった。

 レベッカにあんな事をお願いされたから。別に破ったところで、すでにいないレベッカには、分かるはずもない。それでも約束は約束だ。律儀にも俊介は、少しずつでも、前に進もうと思っていた。


「何が食べたい?」

 車を運転しながら、助手席に座るセリナへと尋ねる。チラリと横を見れば、窓の外を流れる街灯の明かりを目で追っているようだった。

「元気が出る食べ物が良いです」

「元気が出る食べ物?」

 問い返せば、振り向いたセリナがニコリと微笑んだ。

「はい。なんだか今日は、俊介さんの元気ないみたいなので」

「――そっか。元気がないか」

 対向車のヘッドライトに目を細めながら、俊介は小さく息を吐き出した。上手く取り繕っているつもりでいたが、そうでもなかったらしい。

 気を付けないとな。

 そんな事を考えながら、何が良いかと思考を働かせた。


 そうして、やって来たのは鰻料理の店。元気が出る食べ物と聞いて、俊介が最初に思い浮かべたのが鰻だったのだ。人によっては苦手な人もいるのだが、果たして異世界人であるセリナはどうだろうか?少しだけ不安に思いつつも、なんとかなるだろうという安易な気持ちで店へと入ったのだった。

 久しぶりに訪れたその店は、以前よりも随分と値上がりしているようだった。やっちまったなと内心で思いつつも、ボーナスが入ったばかりだから問題ないと、さらりと流した。セリナにはこの前のお礼だから値段は気にするなと伝え、うな重を二人前注文した。


 ほとんど待つことなく持って来てくれたうな重を二人で食べる。セリナの反応を伺えば、それなりに高評価であるらしく、俊介は安堵した。

「美味しいですね。これで元気でますか?」

 慣れない箸に悪戦苦闘しながらも、美味しそうに食べるセリナが俊介へと笑いかける。

「うん、元気でたよ。これなら……。大丈夫」

 レベッカを前にした時のように、うっかり下ネタに繋げそうになってしまった。途中で気付いて誤魔化した俊介だったが、その存在が色濃く残っている事に内心で驚いていた。


 帰り道。セリナに頼まれて、寄り道がてら海へとやって来ていた。駐車場に車を停めて夜の砂浜をゆっくりと歩く。小さな砂が靴の隙間から入って来たようで、足の裏に違和感を感じていた。波打ち際まで歩き、立ち止まる。波の音を聞きながら、俊介は大きく深呼吸をした。潮の匂いが鼻を抜ける。見上げれば、満天の星と中途半端に欠けた月。いつの間にか潮気を帯びた風によって、肌がべた付いている。

 ダメだなと、俊介は思った。

 ロマンチックなはずの海辺のデートで、気分を上げるつもりが、マイナスイメージが混じってしまう。いつもだったら、もっと上手く自分も相手も騙せるのにと、一度も考えた事がないような事が頭をかすめた。


「実は私、俊介さんに隠している事があるんです」

 俊介がくだらない事を考えていると、言い辛そうにセリナが切り出した。

「隠してる事?」

「はい……」

「本当は言いたくないんでしょ?」

「どうして分かるんですか?」

 驚いたように目を見開いたセリナを見て、俊介は小さく笑った。

「分かるよ。そんな顔してる。言いたくないなら無理に言う必要はないと思うよ?」

「でも……」

 俯いてしまったセリナを見て、不意に俊介はある事を思い付いた。

「じゃあ、賭けでもしよっか」

「賭け、ですか?」

 不思議そうに首を傾げたセリナに頷いて見せる。

「そう、賭け。このコインにゴリラの顔が描かれているのが見えるかな?これが表。コインを投げて表なら、言うかどうかはセリナの自由。でも裏が出たら俺に話して欲しい。どうかな?」

「――わかりました」

 何かを決意したようなセリナに向けて俊介は優しく微笑んで見せた。

「じゃあ投げるね」

 言うと同時に親指で弾いた。くるくると回りながら宙を舞うコイン。暗い海辺でも、投げたコインは不思議と月明かりを反射してキラキラと輝き、見失う事はない。頂点にまで達したコインが、落下を始めた。

 そして。

 左手の甲に右手を重ねるようにして受け止めたそれ。隠したままセリナへと視線を向ければ、真剣な目でその手を凝視している。そんなセリナを見て俊介は思わず苦笑した。そこまでの事ならば、初めから言い出さなければいいのにと思ってしまう。でも、その真面目さがセリナの良い所なのだろう。言いたくないけど、言わないのは不誠実だときっと考えているのだ。

「じゃあ、開けるね」

 そう言ってゆっくりと右手をどかした。

 そこにあったコインには、最初に見せたのと同様の、ゴリラの顔が描かれていた。月明かりに照らされたゴリラの顔。どういう訳か、俊介には少しだけ悲しそうに見えたのだった。








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