4.エリー
「宜しくお願いします」
互いに頭を下げて、プロフィールカードを交換する。
その時、ほんの僅かに指先が触れた。柔らかな手の感触に思わずドキリとした。
エルフ族だという彼女は、エリーという名前らしい。
歳は十八歳で、身長は百五十三センチ。
持っているスキルは風魔法。
さすがはエルフ。やっぱり魔法があるんだな。などと俊介は思った。
それにしてもスキルか……。
ふと自分もスキルを持っている事を思い出した。
せっかくだから練習がてら使ってみようと、神眼スキルを意識してエリーの顔を見た。
えっ……。
そして見てしまった事を一瞬で後悔し、直後に早めに確認できた事に安堵した。
――なぜなら。
名前 :ロン
性別 :男
年齢 :五十八歳
種族 :ゴブリン
スキル:風魔法、変身
状態 :現在エルフの女性に変身中
いや、おかしいだろ……。
無情とも言えるその事実に、俊介は頭を抱えたくなった。
しかし、そんな事を本人の前で出来るはずがない。
「どうかしましたか?」
動揺が悟られたのだろうか、ロンは可憐に首を傾げて俊介を見た。
「いえ、エリーさんがあまりにも綺麗だったのでつい見惚れてしまいました」
「お上手ですね」
口元を抑えてロンが「うふふ」と笑う。
エリーではなく、ロンが……。
エルフではなく、ゴブリンが……。
そして女ですらなかった訳で……。
ついでに言えば年齢もサバを読みまくっていて……。
世の中にはいろんな人がいる。
自分の性別に納得していない人もいるだろうし、誰でもきっと若くて綺麗な方が良いだろうし、ゴブリンという種族があまり良い印象を持たれない事も想像できる。
しかし!
しかしである。
これは詐欺ではないだろうか。
俊介はロンに対して文句を言おうとして……。
結局やめた。
なぜなら主催者側が、ロンの参加を女性側として認めているのだ。
この婚活パーティーを開く為だけに、この世界を創造し、様々な世界から人を集め、俊介にスキルという不思議な力を与えたのだ。
そんな超常の存在がロンの正体に気付かない訳がない。
むしろ、主催者側がロンに変身スキルを授けた可能性すらある。
いや、きっとそうに違いない。
元から変身なんて便利なスキルを持っていたなら、婚活パーティー等に参加する必要なんてないのだから。
俊介は小さく息を吐き出すと、エリーへと話しかけた。
それは当たり障りのない内容だった。でも取っ掛かりと考えればそれで充分であろう。
「なんだか緊張しますね」
「ええ、本当に」
「エリーさんはこう言ったパーティーは初めてですか?」
「はい。シュンスケさんは違いますか?」
「いえ、俺も初めてです」
俊介が苦笑すると、エリーは「同じですね」と言って口元に手を当てて微笑んだ。
その仕種は洗練されており、どこかの御令嬢として長年生活してきたかのように、俊介には思えた。
相当努力したんだろうな。
そう感じた俊介は、なんだか無性にエリーを応援したくなってきた。
もちろん、自分がその相手になる事は絶対にあり得ないが……。
これだけ人がいるのだ。
きっと誰かが生贄なってくれるだろうと、随分と酷い方向へと思考が傾いていた。
とは言え、それを表に出す訳にもいかない。
俊介はエリーとの会話のネタを探す為に、プロフィールカードに視線を移した。
そして目に付いたのが一番下に描かれた絵。
「素晴らしい絵ですね」
まるで写真のように仕上がった美しいエリーの顔がそこにあった。ここに来て短時間の内に仕上げたとは到底思えない程の完成度である。
「ありがとうございます。幼い頃から絵が好きで毎日のように描いてきたんです」
僅かに頬を染めて、嬉しそうに語るエリー。
趣味の欄には絵を描く事と書かれていた。
「これだけ素晴らしい絵なら、お金を出してでも買いたいって人がいると思いますよ?でもお仕事は絵描きさんじゃないんですね?」
エリーのプロフィールカードの職業欄には魔法士と書かれていた。
「本当ですか?とっても嬉しいです。でも私の住んでいる世界は大規模な戦争中で……」
寂しそうに視線を落とすエリーに、俊介は言葉を詰まらせた。
平和な日本で生まれ育った俊介には、その過酷さが分からなかったからだ。
しかし、エリーの表情からその辛さが少しは想像できる。きっと辛い環境の中で、絵を描く事だけを心の支えにして生きてきたのだろう。
俊介が次の言葉を探していると今度はエリーの方から話しかけて来た。
「シュンスケさんの絵は随分と可愛らしいですね」
「あんまり似てないですよね?」
恥ずかしさを誤魔化す様に、俊介は頬を掻いた。
「そんな事ないですよ。何となく特徴は掴んでいる気がします。こういった絵は初めて見ましたけど、シュンスケさんの世界では一般的なんですか?」
「ありがとうございます。これは俺の世界では、それなりに有名なキャラクターなんですよ。前に似てるって言われた事があったので、描いてみました」
「そうなんですか。こんな可愛らしい絵が一般的に知られているなんて素晴らしい世界なんですね」
その言葉をきっかけにエリーと絵やキャラクターの話で盛り上がった。
「素敵ですね。一度でいいからシュンスケさんの住む世界に行ってみたいです」
キラキラとした目で、真正面から俊介を見つめるエリー。
前のめりになったエリーの豊満な胸が、机に押さえつけられて形を変える。
あまりの破壊力に反射的に視線を逸らせてしまった俊介だった。
もしエリーの正体を知らなければ、その美貌も相まって、最優先に彼女を狙ったかもしれない。
そう思いつつ、視線をエリーに戻した俊介は、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
「機会があれば、ぜひいらしてください」
そうやって俊介が何とか取り繕ったのと同時に、終了の声がかかった。
主催者の合図に俊介は安堵して、エリーに笑いかける。
「あっという間でしたね」
秀介の言葉にエリーは「そうですね」と言って、名残惜しそうな表情で微笑んだ。
メモを取るように促す主催者の声を聞きながら、互いにお礼を言って、プロフィールカードを返却し合った。
隣を見れば、狼獣人の男性が席を立つ所だった。
俊介は急いでメモを書くと、もう一度エリーにお礼を言って、隣へと移動した。
メモには"エリー(ロン)"とだけ記入した。




