33.カトリーヌと2
カトリーヌはゴリラの国のお姫様だ。
ゴリラの獣人であるこの国の女性達は、よりゴリラに近い程美しいとされているようで、ほとんど人間と区別がつかないカトリーヌは、醜い存在であるようだ。逆に男性は人間に近い方が、カッコ良いとされるらしく、その違いは何なのか俊介にはさっぱり分からなかった。
とはいえ、カトリーヌがずっとゴリラに憧れていた事だけは分かった。
婚活パーティーの時は、手に入れた変身と偽装、認識阻害のスキルを使用して本性を偽っていたのだ。
「ゴリラになっていた理由はわかったけど、騎士って言うのも嘘だったんだよね?それはどうして?」
「王女だなんて書けないじゃないですか。それで私にとって身近な護衛の人の職業を書かせて貰いました。ホント、嘘ばっかりで最低ですよね」
申し訳なさそうにカトリーヌは俊介を見た。心なしか、その瞳は揺れていた。
「最低なんかじゃないよ」
「いいえ、最低です」
「それなら俺も同じだよ。俺は嘘こそ吐いていなかったけれど、手に入れた神眼スキルで、皆の事を覗き見してたんだ。認識阻害スキルを持っているカトリーヌの情報は大して読めてなかったけどね。そんな訳で、俺も十分最低なんだよ。だからカトリーヌだけが悪い訳じゃない」
一歩も譲ろうとしないカトリーヌの、罪の意識を少しでも軽くしようと、俊介は言葉を重ねた。神眼スキルの事は黙っておいても良かったかもしれないが、カトリーヌがここまで正直に話してくれた以上、自分ばかり隠し事をするのはフェアでないような気がしたのだ。
「ありがとうございます。やっぱり俊介さんは優しいですね」
「そんな事はないよ。それに俺はゴリラの姿のカトリーヌよりも今のほ」
「やめてください!」
カトリーヌの叫び声が俊介の言葉を遮った。
「え?」
驚き、固まる俊介は、カトリーヌが叫んだ理由が全く分からない。
「それ以上言わないでください。私は、わたしは……」
手を握り締め、歯を食いしばるカトリーヌの瞳から涙が溢れ出た。
「ごめん、変な事言っちゃったかな?」
「違います。俊介さんは悪くないです」
カトリーヌが力なくその首を左右に振った。
「じゃあ、どうして?」
出来るだけ優しく、宥めるように俊介は問いかける。
「さっきも言いましたけど、私はずっとゴリラに憧れていました。ずっと、ゴリラになりたかったんです」
涙ながらに語るその姿は、驚くほどに美しい。
しかし、俊介にはカトリーヌの気持ちが分からなかった。
「そっか……」
だから、ただただ肯定する事しか出来ない。
「私の姿が見えますよね?体毛が少なく、弱々しい身体つきで、小さな顔には全くと言って良い程渋さありません。こんな華奢で繊細な私を一体誰が好きになってくれるんでしょう?そんな人いる訳ないんです。この国の王女として生まれたのに、私にはゴリラとしての魅力が全くないんです。こんな、こんな私なんて……」
俊介はカトリーヌの言葉を否定しようとして、なんて言うべきかすぐに言葉が出てこなかった。その僅かな沈黙をどう捉えたのか、カトリーヌが泣き笑いの表情で言葉を続ける。
「でも、俊介さんに会えて良かったです。実は私、人間の国の男性と結婚が決まっているんです。会った事すらありませんが、政略結婚ですので仕方ありません。こんな醜い私でも結婚出来るんですから、喜ぶべきなのかもしれません」
結婚。
それが決まっているのに、なぜ?何となく答えを予想しつつも、俊介は敢えて聞いた。
「どうして婚活パーティーに?」
「思い出作りの為です。結婚する前に、一度で良いから恋をしてみたかったんです。だから、私の我儘に俊介さんを巻き込んでしまって本当にごめんなさい。でも、俊介さんには悪いですけど、私は参加して良かったって思っているんです。だってちゃんと恋をする事が出来ましたから。短い時間でしたし、人によってはそれは違うと言うかもしれません。それでも私にとっては楽しくて幸せな時間だったんです。本当に、本当にごめんなさい。そしてありがとうございました」
一方的に喋って、スッキリした表情で頭を下げるカトリーヌ。俊介はどんな反応をすれば良いのかわからなかった。だから結局、何も考えずに正直に答える事にした。
「俺も楽しかった。色々と驚かされたけど、カトリーヌに会えて良かったって思うよ」
それは偽りない真実だった。少なくても俊介は、カトリーヌとの時間を楽しんでいたのだ。婚活パーティーで、メッセージのやりとりで、そして今日のデートで。そのどれもが、楽しく価値のあるモノだったと、俊介は胸を張って言える。
「嬉しいです。あの、良かったらこれを貰ってください」
差し出された物を受け取れば、ゴリラの顔が描かれた一枚のコイン。
「私の成人祝いの時に造られた記念通貨です。それを初恋の人に貰って貰えると、幸せになれるっていうジンクスが、代々王族に伝わっているんです」
そう言ってカトリーヌは恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう。大切にするよ。大丈夫、カトリーヌはきっと幸せになれるよ」
貰ったコインを握り締めながら、俊介はカトリーヌをしっかりと見つめた。やはり何度見ても、今のカトリーヌは美しい。ゴリラの獣人の中では醜くとも、嫁ぐ先が人間ならば、きっと大切にされる事だろう。カトリーヌの幸せを願いながら、俊介は貰ったコインを大切にしまったのだった。
告白した訳でもないのに、一方的にフラれてしまったような気がした俊介は、センチメンタルな気持ちで空を眺めた。視線の先、遥か高い所を舞う鳥が頑張れと言ってくれているような、そんな気がした。
ゴリラの国のお姫様に幸せあれ。




