3.プロフィールカード
認めたくはないが、仕方がない。
すでに金も払ってしまった訳だし、受付の順番も回ってきてしまった。
普通ではあり得ない状況をあっさりと飲み込む事ができたのは、俊介だからなのか、それとも、主催者の力によって、そのようにコントロールされたからなのか。
答えは不明。されど、その事を気にも留めない俊介にとっては、どうでも良い事なのだろう。
俊介が受付でカードを渡すと、何やら籤を引かされた。手にとった紙に書かれていたのは数字の一。どうやら籤で席順を決めているようだ。
自身の番号が書かれた番号札を受け取り、指示に従って服の胸元へと付けた。
受付を終えて一番の番号が書かれた場所を探す。
ぐるりと部屋を見渡すと、机がコの字に配置されており、その机を挟むように向かい合わせになった椅子が等間隔に並べられている。
椅子の前にはそれぞれ色の違う紙が置かれていて、コの字の内側が水色、外側がピンクとなっている。色で性別を分けているらしく、男性は水色で内側になる。
自分の席を探す為に近くの机に歩み寄れば、丁度そこが一番の席で対面にはすでに女性が座っていた。
「こんばんは」
俊介は目の前の女性に挨拶をして、席に着いた。
「あっ、こんばんは」
女性は突然声を掛けられて驚いた様子だったが、しっかりと挨拶を返してくれた。
勝手に詰め込まれた情報から、すでに分かっていた事ではあったが、しっかりと言葉が通じた事に安堵した。受付でも多少の会話をしたが、主催者以外とも会話が足り立つのか不安だったのだ。
しかしこうして不安要素が一つ消えた事で、少しだけ余裕ができた俊介はチラリと対面の女性へと視線を向ける。
たわわに実った胸まで届く、絹のような金髪に、先の尖った耳。肌は雪のように白く、碧い瞳は宝石のようだ。その容姿は、俊介がこれまで見たどんな女性よりも美しく、物語の世界から飛び出してきたかのようである。
女性はこちらの視線に気付いているのか、いないのか、プロフィールカードへの記入を行っている。
それにつられるように視線を動かせば、種族欄にはエルフの文字。
おぉ!ファンタジー!
思いがけない幸運に俊介は感謝した。
正直いつまでも目の前の美しい女性を眺めていたいが、そんな訳にもいかない。そもそも失礼であるし、良い印象を与えない事が目に見えている。
俊介は気持ちを切り替えて、自らのプロフィールカードへと意識を向けた。
指示に従って持参した、自前のボールペンを取り出すと、上から順に記入して……。
ニックネーム:
いきなり躓いた。
なぜニックネームなのだろうか。
名前でない事に違和感を感じつつも、俊介は自分の名前を書き込んだ。
ニックネーム:シュンスケ
そして気を取り直して、次へと進む。
年齢:二十八歳
種族:人間
身長:百七十二センチ
年収:
順調に書いていた手が止まる。
予想はしていたが、やはりこの手の質問があった。
数字を書く訳ではなく、いくつかの選択肢から選んでチェックを入れるようだ。
ご丁寧に通貨の単位まで円になっていた。
あまり書きたくはないが、注意事項に男性は必須と書かれている。やれやれと思いつつも、嘘をつく訳にもいかないので、正直にチェックをいれた。
年収:三五○万円~四五○万円
少ないな。
そんな事を思いつつも、次へと進む。
職業 :製造業
家族構成 :父、母、弟
住居 :一人暮らし
結婚経験 :なし
子供 :なし
生活の拠点 :異世界可
里帰りの必要性:有
婿養子 :どちらでも可
所持スキル :
スキルって……。
そう思うと同時に、まるで元から知っていたかのように頭に思い浮かぶ。
それは世界を渡ると同時に付与された情報の一部。その際に同時にスキルを獲得していた。
俊介が手に入れたスキルは、相手の情報を自由に読み取れる神眼と自らの情報を決して読み取らせない秘匿の二つ。
矛盾した二つのスキルは、秘匿の方が優れているらしく、神眼を持ってしても秘匿スキル所持者の情報は読み取る事ができないようだ。
最高だ!
まさにこの状況にうってつけのスキルである。
俊介は少し考えた後、所持スキルを記入した。
所持スキル:秘匿
嘘は吐いていない。
全てを書いてないだけだと、心の中で言い訳をして先へと進む。
休日 :土、日
酒 :付き合い程度
たばこ :吸わない
趣味 :散歩
休日の過ごし方:のんびりする
そこまで書き終えて再び手が止まった。
一番下に少し大きめのマスが用意されており、そこにはこう書かれていた。
『下手でも良いから自分の似顔絵に挑戦してみよう』
おいおい……。
ふざけ過ぎだろ。
そうは思ったが、空白という訳にもいかないだろう。
俊介は少し考えた後で、出来るだけシンプルな絵を描いた。
まぁこんなもんか。
出来上がった有名なキャラクターの絵に満足して、ペンを置いたのだった。
俊介がプロフィールカードを書き終えて少しすると、スタッフの声が会場に響いた。
どうやらそろそろ開始時間らしく、簡単に全体を通した流れの説明が行われた。
転移の際に勝手に詰め込まれた知識があるので、説明は不要なのだが、それはそれ。会を進行する上では、ポーズとしてそれが必要なのだろう。
一通り説明した後で、特に質問が上がらない事を確認すると、早速最初の催しの詳細説明に移った。
「最初はトークタイムという事で、これから皆さんには、会場に集まった異性の参加者全員と、一対一で会話をしてもらいます」
その際の持ち時間は一人当たり、僅か三分。
カップラーメンじゃないんだから……。
余りの短さに驚いて、思わず心の中で突っ込んだ俊介だったが、スタッフの発言に誰も反応しない所を見るとそれが普通なのかもしれない。
時間が来るたびに男性側が時計回りに、席を一つずつ移動していくシステムのようだ。
そしてご丁寧な事に、全員に専用のメモ用紙とバインダーが用意されており、会話した相手の事を覚え書き出来るように配慮されている。
スタッフによるざっくりとした説明が終わると、いよいよ開始の時間が迫っていた。
「プロフィールカードの記入は済みましたか?そろそろ婚活パーティーを始めたいと思います。それでは、私が合図をしましたら、目の前の方に、お願いします。と言ってプロフィールカードを交換しましょう。準備は宜しいでしょうか?」
俊介は小さく息を吐き出し、気合を入れると目の前の女性へと視線を向けた。
「はい、では初めてください」
こうしてファンタジーな婚活パーティーが幕を開けた。




