28.セリナと2
休憩を終えた後は、ボーリング場にあるゲームコーナーを見て回る。
ゲームにあまり詳しくない俊介としては、出来れば避けたい所ではあったが、セリナが興味を示したために、仕方なく足を向けたのだった。
所狭しと並んでいる多種多様なゲーム機。それらを見たセリナから、時折とんでくる質問に四苦八苦しながらもなんとか答えた俊介だったが、さすがに疲れて来た。ボロを出さないうちに何とかしようと、セリナを誘導した先はクレーンゲームのコーナーだった。
多くのゲームに関心がない俊介だったが、ことクレーンゲームに関しては、女性の気を惹く為に、多少なりとも研究と練習を重ねた過去がある。
女性が欲しがった景品を目の前で取ってプレゼントする。定番と言えば定番であるが、それなりに効果的だと俊介は思っているからだ。
「いろんな物があるんですね」
ガラスに顔を近づけて、中の景品を覗き見るセリナはまるで小さな子供のようである。
「何か気に入ったのはありましたか?」
「はい、あれなんか可愛くて好きです」
そう言って指さした先には、何かのキャラクターだろう猫のぬいぐるみが置かれていた。
「とれるかな?」
そう言って俊介は、百円玉をゲーム機に投入した。
セリナにやり方を教えるように、目の前で実演してみせる。
「あっ!あぁ……」
一瞬だけ持ち上がり、すぐにアームから逃れてしまったぬいぐるみを見て、セリナが残念そうな声を上げた。
「やってみますか?」
「――はい」
大きく頷いたセリナは、連絡用カードに搭載された両替機能を使って取り出した百円玉を、ゲーム機へと投入した。
セリナの操るアームは俊介がやってみせた一回目と似たような軌道を辿り、ぬいぐるみを挟み込んだ。ゆっくりと動き出すぬいぐるみにセリナの期待は高まったが、先程同様にすぐアームから外れてしまった。
「残念でしたね」
「とれると思ったんですけど……」
「凹み過ぎだって。そんなに欲しかったんですか?」
「はい……」
思いの外、落ち込んだ様子のセリナの頭に俊介は手を乗せた。ポンポンと手を動かして、気落ちしているセリナの顔を覗き込む。
「ダメかもしれないけど、もう一回俺に挑戦させてください」
「ムリしなくても大丈夫ですよ」
「俺も悔しかったからね。ちょっと見てて」
三度目の正直とばかりに動き出したアームは、先程とは違った軌道を辿る。
先の二回はぬいぐるみを持ち上げようとしていたアーム。それが今回は明らかに見当違いの位置へと下降する。
「あぁ……。全然違う所に行ってしまいました。残念でしたね」
「まだだよ。最後まで見てて」
俊介の方へと顔を向けたセリナだったが、その言葉を聞いて再び視線をぬいぐるみへと移した。
明らかに外れていたと思われたアームは、なんとぬいぐるみのタグ部分に綺麗にひっかかったのだ。
「――すごい!」
アームにくっついたぬいぐるみを、驚いたように見つめるセリナは随分と幼く見える。
俊介は景品の取り出し口から、ぬいぐるみを取り出すと、そんなセリナへの方へと視線を向ける。
「よかったらどうぞ」
「良いんですか?」
不安そうな顔で聞き返してくるセリナだが、その目はすでにぬいぐるみに釘付けだった。
「もちろん良いですよ。その為にとったんですから。貰ってください」
そう言って、いつもより幼げなセリナに向けてぬいぐるみを手渡した。
「ありがとうございます!」
受け取ったぬいぐるみを両手で抱きしめるセリナの姿に、自然と俊介の頬が緩んだ。
外へ出ると、随分と雨の勢いが増していた。心なしか雲の厚みが増したように感じる。
これ以上ひどくならなければいいな。
そんな事を考えながら傘立てから傘を取り出した。傘を広げて、歩き出そうと隣を見れば、セリナが焦ったようにオロオロしていた。
「どうかしましたか?」
顔を上げたセリナの目には戸惑いの色が浮かんでいた。セリナの手元に本来あるはずの傘がない。傘立てへと視線を移すが、そちらにもそれらしきものが見つからなかった。
「俊介さんが貸してくれた傘をなくしてしまいました」
絞り出すようなセリナの声。
「大丈夫。セリナさんが悪いわけじゃないから。きっと誰かが間違えちゃったんですよ」
そうは言ってみたが、果たしてそうだろうか。訪れた時とは違い、勢いよく地面にぶつかるたくさんの雨粒。車から傘を持たずに出て来た人がこの雨を見たらどう思うだろうか。普通なら濡れる事を覚悟するのだろうが、残念ながら善人ばかりの世の中ではない。零れ落ちそうな溜息を我慢して、再びセリナへと視線を戻す。明らかに動揺しているその表情は、先程ぬいぐるみを抱いて喜んでいた事など想像もつかない程に沈んでいる。
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいですよ。セリナさんは悪くないです。それに、ここに置くように言ったのは俺ですから」
下を向いてしまったセリナの頭を、俊介は子供をあやす様に優しく撫でた。
「でも」
「大丈夫だから」
傘がなくなった事よりも、セリナが悲しんでいる事の方が俊介には辛く感じた。どうにかして元気付けたいと思うのだが、適した言葉も、方法も思いつかない。
二人の元に沈黙が降り立った。
聞こえてくるのは降りしきる雨の音と、水を跳ねて走る車の音だけだ。
「行きましょうか」
俊介はわざと明るい声を出した。
「はい……」
未だに沈んだままのセリナの隣へと歩みより、傘の下に入れた。
「こうすれば濡れませんから。ね?」
「でも」
「でもじゃない。ほら、行くよ」
傘を左手に持ち替えると、右手でセリナの肩を抱いて少しだけ強引に歩き出した。
「――ッ」
驚きからか目を見開くセリナを横目に、車へと向かう。転んでしまわないように気付かいながらも、足早気味に。車に辿り着いてもまだ戸惑っている様子だったが、構わず助手席に押し込んだ。傘をたたんで運転席へと乗り込めば、セリナがじっとこちらを見つめていた。
「どうかしましたか?」
セリナは困った顔で小さく息を吐き出すと、鞄からハンカチを取り出して俊介の肩へと押し当てた。
「傘を差していたのに、どうしてそんなに濡れているんですか?」
「あー。これは、その、あれです。俺が傘を差すのが下手くそだからです」
「でも私は濡れていません」
「それは運が良かったですね」
俊介の言葉にセリナの眉間に皺が寄る。
「俊介さんも行きは全然濡れていませんでした」
「あの時は雨が弱かったから」
「嘘つき……」
溜息を吐き出したセリナは諦めたように口を閉ざした。
見かけによらず筋肉質な俊介の腕の上を、ハンカチを持ったか細い指がゆっくりと移動する。雨によって隔離された、二人きりの車の中を静寂が包み込む。車に叩きつける雨音は、まるで違う世界での事であるかのように、二人の耳には入らない。静かな車内には衣擦れの音だけが優しく響いていた。




