16.フリータイム2
最後に見せたカトリーヌのはにかんだ表情が頭を過る。
俊介はそれを強引に追い出すと、気持ちを切り替えて、次のターゲットを探す。
先程は出遅れたが、二度目である今回は、そうはいかない。
人の流れを読みつつ、足早に進む俊介の向かう先は、ルルの所。
問題なく辿り着けた俊介は、ルルに向けて微笑んだ。
「ここに座らせて貰っても良いですか?」
ルルの許可を得て席に着いた俊介は、手に持っていた食事や飲み物をテーブルへと置いて、ルルへと視線を向ける。
「男性は大変ですね」
確かにルルの言う通り、こうして移動しっぱなしで正直疲れて来た。
「まぁ仕方ないですよね。でも女性も相手を選べないのは辛くないですか?」
「そんな事ないですよ。お話ししたい方が来てくれましたので」
そう言うとルルは照れたように視線を逸らせた。
そんなルルを見て嬉しくなった俊介だったが、面と言われて恥ずかしくもあった。
「一回目の相手の事でない事を祈ります」
それを誤魔化すように出た言葉に、思わず自嘲する。
「しっかり祈ってくださいね」
ふんっと、わざとらしく頬を膨らめたルルの仕種が随分と可愛く見えた。
やっぱり人間がいいな。
ルルの反応を見た俊介は、そんな当たり前の事を思ってしまった。
ついさっき話したカトリーヌとの時間は楽しかったのは事実だ。しかし彼女がゴリラである事は残念ながら変わらない。
よくよく考えてみれば外見がどうのとか、そう言ったレベルではないのだ。
そもそもカトリーヌは人間ではない。
一体自分は何を悩んでいたのかと思わずにはいられない。
こうしてルルをゴリラと比べてしまうのは、彼女に大して非常に失礼な事かもしれない。普段なら絶対にあり得ない事ではあるのだが、ここは異世界。
いろんな種族が集まっているこの空間ならではの、珍事として許して貰いたいものだと俊介は思った。
持ってきた食事は、もともと量が少なかった事もあり、ルルとの会話が始まってすぐになくなった。かと言って追加を取りに行こうとは思わない。
当然だ。ここには食事をしに来たわけでは、ないのだから。
スタッフによって空いた紙皿が片付けられると、俊介は小さく伸びをした。
「はぁーっ、疲れた。やっぱりここは落ち着く」
意図的に敬語をやめて、ルルへと視線を向けた。
「本当に疲れますよね。休憩してくれていいですよ」
「ありがとう。もう今でも十分な休憩になってるよ。ルルさんに癒されてます」
「お上手ですね」
「本心ですよ」
そう、それは紛れもない本心だった。
多少大袈裟に言っている所もないではないが、ルルと話している時が一番リラックスできていた。その理由は俊介にも分からない。
でも事実として、こうしてルルといると俊介は落ち着く事ができたのだ。
初対面であるはずなのに、こうして自然体でいれてしまう。それは俊介にとって初めての感覚だった。
不思議だな。
それが俊介のルルに対する正直な感想だ。
最初に見た時、どこにでもいるごく普通の女性というイメージが強かった。丁度疲れていた事もあって、ルルに対してそこまで興味を持てなかった俊介は、適当に会話して終わらせようと考えたいた。
それがどういう訳か、話している内に随分と癒されたような気分になってきたのだ。
特に変わった事をした訳ではない。
会話の内容も他の人達と大差なく、プロフィールカードに沿ったもので、ごくありふれた事だった。
かと言って、ルルが醸し出す雰囲気も別段変わった所はない。
どこからどうみても、普通。それが俊介から見たルルのイメージで、それ以上でもそれ以下でもなかったはずだ。普段なら絶対に興味を持つような相手ではないのである。
きっと何かに惹かれてるんだろうな。
自分でも分からない何か。
本能とも言える部分で、ルルに惹かれてしまったのなら仕方がない。
俊介は目の前にいる不思議な女性へと視線を向けた。
「シュンスケさんは、お散歩が趣味なんですよね」
「そうそう。そう言えば、その話の途中だったよね」
最初のトークタイムの時、お散歩デートの話題が出た所で時間切れになってしまった事を、俊介は思い出した。
「お散歩ってどこでするんですか?」
「俺の場合は家の周りを歩いているだけかな」
「それってお年寄りみたい」
クスクスと笑うルルに俊介は「うるせーよ」と苦笑した。
「それでルルさんは、どんな所でお散歩デートするのが理想?」
「お花がいっぱい咲いている所に行ってみたいです」
髪を耳にかけながら、ルルは微笑んだ。
その仕種は妙に艶っぽく、さらけ出された耳から首筋へのラインに、俊介は目を奪われてしまった。
「それ反則だよ」
「反則?」
「そう、反則。今の仕種は反則」
「どの仕種?」
「髪を耳にかけた仕種」
「え?これ?」
そう言って実践するルルは、先程よりも若干首を傾けて、より強調しているかのように見えた。
ごくありふれた女性の仕種。
しかし、普段髪の毛で隠れている部分が見える様は、どこか特別で、とても魅惑的だ。
黒い髪の下から覗いた白い首筋が、非常に扇情的だったのも仕方がない話である。
「ごちそうさまです」
「なにそれ?」
手を合わせた俊介を見たルルは声を出して笑った。
時間が過ぎるのは、思っている以上に早い。
十分という時間はあっという間で、主催者が告げた終了の合図に溜息を吐き出したくなってしまう。
俊介はその気持ちを抑えて、ルルへと笑いかけたのだった。