13.アオイ
移動しようと立ち上がった俊介は、周りを見渡した。
いつの間にか部屋を一周してきたようで、次の相手が最後になる。気疲れはしたが、時間が過ぎるのは思いの外早かったように思われる。
後一人、気合を入れていこうと気持ちを切り替えた。
「宜しくお願いします」
美しい声で迎えてくれたのは、ギンガムチェックのワンピースを着たボブカットの女性だった。丁寧な仕種で差し出されたプロフィールカードには綺麗な文字が並んでいた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を返して、交換したプロフィールカードに目を落とす。
アオイという名前らしい目の前の女性の職業欄には、なんと短大生の文字。年齢も十九歳と非常に若い。どうして参加したのだろうかと興味を持って顔を上げれば、タイミングよく目が合った。
互いに照れたように微笑んで、俊介は、なんだか少しだけ甘酸っぱい気持ちにさせられた。
「緊張しますね」
俊介の言葉にアオイは頷いた。
「ええ、とっても。でもシュンスケさんは、落ち着いて見えます。なんだか場馴れしているような気がします」
「さっきも同じような事を言われました。初めての参加なんですけどね」
苦笑しつつ、アオイに対して神眼スキルを使用した。
――え?
さっきも似たような事があったなと僅かなデジャブを感じつつも、もう一度アオイの情報に目を向ける。
そこにあったのは、やはり予想外の内容だった。
名前 :早峰葵
性別 :女
年齢 :享年十九歳
種族 :元人間
スキル:実体化
状態 :実体化した幽霊
まさか婚活パーティーで幽霊と出会う事になるとは思ってもみなかった。
どうしたものかと思ったが、俊介は表情に出さないように振る舞った。
「アオイさんは、まだ十九歳なのにもう婚活ですか?」
おそらくはセリナのように、別の理由があるだろう事を察しつつも敢えて聞いてみる。
「そうなんです。私、男性とお付き合いした事がなくて……。素敵な出会いを求めて参加しちゃいました」
恥ずかしそうにアオイは笑った。
何となくではあるが、それが本心なのだろうと俊介は察した。
神眼スキルを使用すれば、アオイの過去を知る事が出来るのだろう。しかし下手をすると死因まで特定できてしまいそうで……。
「良い出会いはありましたか?」
俊介の問いにアオイは「秘密です」と笑った。
その表情からは、彼女が既に死んでいる等と欠片も想像できなかった。本当に生身の人間を目の前にしているようで、俊介は不思議な気持ちを味わっていた。
でも目の前にいるアオイは幽霊で……。
――やめた。
色々と考えるのがバカらしくなってきた。
幽霊だろうと何だろうと、目の前に可愛らしい女性がいる事に間違えはないのだ。余計な事は考えずに、会話を楽しむべきだろう。
そうやって一度気持ちを落ち着かせれば、アオイが幽霊である事など些細な問題のように思えて来た。
そう、可愛ければ全てが許されるのだ。
メアリと話した時と考えが変わっているように思えるが、そうではない。俊介にとっての可愛いには内面も多分に含まれているのだから。
幽霊である事さえ気にしなければ、アオイはとても魅力的だった。
会話も楽しく、些細な仕種も可愛らしい。
さらに気を惹くのが上手く、少しでも気を抜けば勘違いを起こしてしまいそうになる。
「あっ、その腕時計カッコいいですね」
「そうかな?ありがとう」
「見せて貰っても良いですか?」
「良いよ」
腕時計を見せる為に手を差し出せば、アオイはその手を優しく握りながら腕時計に触れた。ひんやりとしたアオイの手に、思わず心臓が跳ねる。
それはアオイの手が冷たかったからなのか、はたまた恋愛感情のようなものなのか、今の俊介には判断がつかない。どちらにしても、こうしてアオイに手を握られているのは悪い気分ではない。むしろもっとこうしていたいと思ってしまうのは、男としての性なのかもしれない。
「アオイさんって本当はモテるでしょ?」
「そんな事ないですよ」
余裕の表情で微笑むアオイだったが、ほんの一瞬、その目が泳いだのを俊介は見逃さなかった。
何か隠している。
「本当に?」
「当然じゃないですか」
それは経験から学んだ勘のようなものだった。
確証はないが、おそらくは当たっているだろう。
互いに目を見て笑い合う。
傍から見れば微笑ましい光景だが、その水面下では壮絶な心理戦が繰り広げられていた。
こんな時、いつもであれば警戒はするものの、何も出来ないでいた。
しかし今は違う。
俊介は神眼という便利なスキルを手に入れたのだ。
アオイに悟られないように、気を付けながら俊介はスキルを使用した。
すると視えて来る真実。
どうやらアオイは、その清楚な外見からは想像できない、魔性の女であったようだ。
何人もの男を同時にその気にさせて、楽しんでいたらしい。それでも誰とも付き合った事がないというのは本当だったようで、そこに未練があるようだ。
なるほどと俊介は思った。
真実を知った俊介に、不思議と嫌悪感はない。むしろその存在が可愛く感じられた。
なぜなら俊介からすれば、アオイはまだまだ甘い。
ついさっき話をしたリンやサキュバスのレベッカの方が、アオイに比べれば何枚も上手なのだ。今のアオイ程度であれば、俊介にしたら恰好の獲物となる。
相手の掌で踊らされているフリをして近づいて、油断させた上で立場を反転させて美味しく頂く。これまで何度もそうやって若い芽を摘み取って来た。
目の前の獲物を見ていると、ゾクゾクと湧き上がってくるものがある。
さて、どうしようかな。
どす黒い内面を持つ俊介だが、それを一切表には出さない。
それでも経験豊富なリンやレベッカには、バレてしまうだろうが、目の前のアオイではまだ気付けない。
どんなに素晴らしい才能を持っていたとしても、それだけでは越えられない壁がある。磨いてこその才能であり、経験が伴わなければ意味がないのだ。
これでようやくキャラ紹介を兼ねたトークタイムが終了です。
次回からゆっくりと物語が動き始めます。