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11.セリナ

「――ッ」

「大丈夫ですか!?」

 それに答えるよりも早く、目の前の女性の手が俊介の手を優しく包み込む。すると同時にその手が淡く光る。

 ただ交換したプロフィールカードの端で指先を切ってしまっただけなのだが、過剰な程の相手の反応と見慣れない光景に俊介は驚き、固まっていた。

 少しして治まった光。同時に俊介の止まっていた時間も動き出した。

 神眼スキルを使用する事により、治癒魔法が使われたと確信したのだが、いつまで経っても握られたままの手に俊介は首を傾げる。

 目の前にいるセリナという女性は、目を瞑り、祈るように両手で俊介の手を握っている。

 可愛らしい女性に手を握られている今の状況は、非常に嬉しいのだが、さすがに場所が場所だけに、いつまでもこのままでいるのは、よろしくない。

「あの……」

 柔らかな手の感触をいつまでも味わっていたい気持ちを押し殺して、俊介はセリナへと声を掛けた。

「――すいません!祈りに夢中になってしまいました」

 慌てて手を離したセリナに俊介は苦笑した。


「すごいですね。それなりに深かったと思ったのに……。ありがとうございます」

 先程切ったばかりの指先は、元から怪我などなかったかのように綺麗な状態へと戻っている。感心している俊介を見て、セリナは照れたように笑った。


 セリナの持っているスキルは治癒魔法である。

 その癒しの力を認められ、聖女に任命された彼女は、多くの人を癒す事で世界に貢献していた。

 しかし。

 セリナの魔法は効果が大き過ぎた。

 死んでさえいなければ、欠損を含むどんな怪我でさえも瞬く間に治してしまう。

 それはまさに神の御業と言っても過言ではないだろう。

 多くの人達から神聖視されたセリナだったが、そうでない者も多くいた。

 欲に溺れた者たちはセリナを道具としてしか見ていなかったのだ。

 そして……。

 便利な道具を独占しようとして争いが起き、奪い合い、互いに殺し合うようになった。当初は個人間の争いだったそれに、組織が、宗教が、国が、種族が、様々な要因が複雑に絡み合い、世界規模の争いへと発展していった。

 人を癒すはずの力が、人を殺すきっかけになるとは何という皮肉だろうか。

 そんな中で彼女は願った。

 拘束され、自ら死を選ぶ事も出来ない状況の中、唯一彼女に出来たのはただ祈る事だけだった。

 

 ここではないどこかへ。

 誰も自分を知る者がいないところへ。

 もう自分のせいで人が死ぬところを見たくない。


 そして奇跡が起きた。

 飛ばされた場所が婚活パーティの会場というのは、何とも締まらない事ではあるが、神が幸せになれと言ってくれたのだと、セリナは受け取っていた。


 神眼スキルを使用して、セリナがこの婚活パーティに参加した理由を知った俊介は、目頭が熱くなるのを感じていた。しかしこんな所で、いきなり泣き出す訳にはいかない。必死で堪えて、目の前で俊介のプロフィールカードを見ているセリナへと笑いかけた。


 事情を知ってしまった俊介は、セリナを楽しませようと頑張っていた。

 趣味や似顔絵等、無難でトラウマに触れないような話題を選ぶのだが、今一つ盛り上がりに欠ける。どうしてもセリナの背負っているモノが重く感じてしまうのだ。

 勝手に過去を覗いてしまった事を俊介は後悔していた。

 同時に手を差し伸べてあげたいと思っていた。

 それは偽善なのだろうか。

 争いのない平和な日本で生まれ育った俊介には、分からない事が多過ぎた。何をしてあげればいいのだろうか。どうすれば、セリナを救えるのだろうか。

 俊介は自分が何の力も持っていない事を理解していた。当然大した事は出来るはずもない。それでも目の前にいる傷付いた女性を放っておくなど、俊介には出来なかった。


「何かお悩みがおありですか?」

 優しい声色で問いかけるセリナに、俊介は驚きを隠せない。

「悩みですか?」

「はい、シュンスケさんは何か悩んでいらっしゃいますよね?もし私でよろしければ、お話しして頂けないでしょうか?」

 慈愛に満ちたその姿は神々しく、まさに聖女と呼ぶにふさわしい。

 救おうとしていたはずが、逆に手を差し伸べられてしまった。なんという皮肉だろうか。

 俊介は僅かに逡巡して、口を開いた。

「ありがとうございます。でも残念がらお話しするには時間が少な過ぎますね」

 だからまた後で聞いてください。そう付け加えようとした俊介の言葉をセリナが遮った。

「でしたらこれを」

 渡されたのはセリナの連絡先が書かれたカード。


 一人に付、二枚ずつ配られたそれは、異なる世界にいても自由に連絡が取れるようになる不思議なカードである。本体となるカードに、それを重ねる事で相手の連絡先を登録する事が出来る。

 本来ならば、このパーティーの最後に意中の相手に渡す事になるのだが、それは絶対ではない。パーティーの途中であっても、気に入った相手がいれば好きに渡して良いと言われていた。

 しかし。

 このタイミングで渡される事になろうとは……。

 予想外の出来事に俊介は目を見開いていた。

「――いいんですか?」

「はい。目の前で悩んだり、苦しんだりしている人を、私は放っておけません」

 優し過ぎるセリナに俊介は戸惑いを隠せない。

 散々利用され、裏切られ、傷つけられて尚、人を信じ、救おうとするその姿勢は、あまりにも気高く、美しい。眩し過ぎるその姿に俊介は自分の矮小さを感じずにはいられない。

 人としての器があまりにも違い過ぎる。

 こんな凄い相手を救おう等としていた自分は、どれだけ愚かなのだろう。

 そう思った俊介は、セリナに真実を話して、その申し出を断ろうとした。

「でも、俺は……」

 大した悩みはない。むしろ、苦しんでいるのは……。

 そんな俊介の言葉を遮り、セリナは笑った。

「大丈夫です。悩みや苦しみに大小はありません。それに私はシュンスケさんと仲良くなりたいと思っています」

 後半のそれは、セリナの優しさから出た言葉なのだろう。

 それが分かって俊介の胸は強く締め付けられた。

 同時に告げられた終了の合図。目の前に差し出されたセリナの連絡先カードを、俊介は受け取らざるを得なかった。





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