1.プロローグ
本作の前半部は実際の婚活パーティーの流れに沿った構成になっていますが、完全なるフィクションです。主人公の真似して婚活パーティーに参加しても異世界には行けませんのでご了承ください。
数え切れない程の戦いに身を投じ、幾度となく死線を潜り抜けてきた。
積み上げた経験は糧となり、自信へと繋がった。
自らを最強だと宣うつもりはないが、その辺の有象無象が束になってかかって来た所で、まともな戦いにすらならないだろう事は、間違えようのない事実。
その程度には強くなったつもりだ。
だというのに……。
この緊張感はなんだ。
肌を刺すようなピリピリとした空気。
多くの人がいるはずなのに、不気味な程に静まり返った室内。
それはまるで、初めてドラゴンを前にした時の恐怖によく似ていた。
一歩間違えれば死に直結する。
そう感じてしまう程に、その空間は異質だった。
ごくりと喉が鳴った。
掌には汗が滲み、気付かぬうちに震えていた。
出来る事なら、すぐにでも逃げ出したい。
――しかし。
ここまで来て逃げる訳にはいかない。
もし逃げれば、きっともう二度と戻ってこれないだろう。
そしてこれまで築き上げて来た全てが泡となって消え、惨めな敗北者として生きる事になる。
それだけはダメだ。
目を瞑り、大きく息を吐き出す。
瞼を上げ、再び周りを見渡した。
大丈夫だ。
自分に言い聞かせ、滲んだ汗をズボンで強引に拭った手を、懐へと向ける。
取り出したのは一枚のカード。
それは彼が参加資格を有している証。
これから始まる、戦いへの参加チケットだ。
受付を済ませた彼はゆっくりと歩き出した。
それは何の変哲もない小さな一歩。
されど彼にとっては意味のある、大きな一歩。
彼はついに婚活パーティーへとその身を投じたのだった。