真夜中に一人きり(前編)
西日が差し込む17時。
事務所の電話が鳴り始める。
「今日の業務は無事に終わりました。明日の配置はどこですか。」
業務の終了連絡と、明日の配置連絡が入り乱れ、英治がバタバタする時間帯だ。
明日の配置表に赤ペンでチェックを入れる。
連絡済みのチェックである。
「今からですか、了解しました。」
主任が客先からの依頼を受けたようだ。
いつも以上の笑顔で英治の元に近づいてくる。
「仕事だ、今から行ってくれ。」
「今からですか。」
聞き間違いではないようだ。
「今からって、まだ明日の連絡も終わっていませんよ。」
「それなら大丈夫、俺が代わりにやっとくから。お前は安心して仕事をしてくれ。」
英治は何も言わなかった。
何を言っても無駄だからだ。
しかし今から仕事とは。
あと一踏ん張りと思っていただけにドッと疲れが出る。
英治は会社の車で現場へ向かった。
現場と言っても建設中の一般住宅である。
外装はほとんどできているが、内装はまだこれからである。
普通の家のように見えて、扉を開けるとまだ何もない。
壁はあるが、石膏ボードがむき出しのまま、床でさえまだない。
もっとも扉もアルミで出来た簡易扉だ。
これが1ヶ月後には立派な家になるかと思うと不思議なものだ。
家の前にはコンテナが置かれ、廃棄となる建築資材が詰められている。
ようするに大きなゴミ箱だ。
だがその中は少し黒く焦げている。
昨晩、何者かが放火したらしい。
コンテナは鉄製であり、近くに燃え移る物もなかったことから、幸いにも小火で済んだものの、施工業者としては戦々恐々としている。
英治は事務所にいる主任に現場に到着したことを報告した。
「今到着しました。確かに小火の跡があります。悪質な悪戯ですかね。」
「いや、以前にも窓ガラスが割られていたそうだ。個人的な恨みか、あるいは妬みか、どちらにせよ狙っての犯行だろう。取り敢えず日が昇るまで居て欲しいそうだ。」
「ざっくりした依頼ですね。」
「どうせ家に帰っても一人だろう。家主より先に新築の家に泊まれるなんて、美味しい仕事じゃないか。」
「新築って床もまだないんですけど。それに仕事というなら残業代だしてくれるんですね。」
「・・・ウチは残業代込みの月給制だからな。」
「・・・真っ黒ですよ。」
通話を切ると、英治は置かれているパイプ椅子に腰かけた。
折り畳みテーブルの上にある小型テレビの電源を入れてみた。
映りはするが、電波の入りが悪いようで、チラチラと落ち着かない。
表でガサガサと音がする。
扉を半開きにして覗いてみると、犬を散歩させている人が通りかかっただけだった。
まだ日はあるが、外の簡易照明を灯した。
人がいることをアピールしておきたい。
再度パイプ椅子に座りなおすと、途中のコンビニで購入した漫画雑誌を取り出した。
そしてコーラの栓を開ける。
これが仕事というなら美味しいと言うのも頷ける。
しかしそれはまだ、この仕事の真の辛さが分かっていなかっただけだった。