就職説明会ですか。(その5)
Tシャツの男は少し小太りで、眼鏡に七三分けの髪型が、いかにもな中年男性を連想させる。しかし、おそらくは英治と同世代であろう。
「ごめんごめん、君の彼女さんなんだね。ナンパとかじゃないから安心して。どちらかというとスカウトだから。」
英治は険しい表情のまま、未佳を立たせた。
そして手を引き立ち去ろうとすると、一人の女性が引き留めてきた。
「本当にごめんなさい。決して怪しい会社ではありません。少し話を聞いてもらえますか。」
美人ではないが物腰が柔らかく、人当たりの良い女性だった。
未佳は英治の表情を見た上で、今まで座っていたイスの隣に座りなおした。
英治もしぶしぶ席に着いた。
その結果、Tシャツ男の隣は英治となり、未佳の隣に物腰の柔らかい女性が座ることとなった。
「英治くん、別に変なこととかされてないし、言われてもないからね。」
そうだとしても、Tシャツ男をかばうことが気に入らない。
「だから言ったでしょう。社長一人で行かないでくださいと。変質者と思われたらどうするんですか。」
すでに思っているとは言えない。そう未佳が思っていたら、英治が語気を強めて言った。
「すでに変質者だと思っています。これ以上、僕らに何か用事があるんですか。」
未佳は慌てた。英治がそこまで感情的になるとは思いもよらなかった。
女性とTシャツ男は、まあまあと頭を下げながら名刺を差し出した。
「運送会社をやってるんだけど、なかなか小さな会社でね。説明会にも人がこないから、こっちから声を掛けていたんだよ。」
代表取締役社長、未佳は初めて見る名刺の肩書に驚きを隠せなかった。
英治は地場の中小企業であれば、社長と話す機会もあり、特に気にする様子はない。
それどころか、人が来ないのは小さいからではないだろうといった態度が表に現れていた。
「説明会で社長がTシャツっておかしいんじゃないですか。人が寄ってこない原因はそこだと思いますよ。」
「そうですよね。ほら社長、私が言ったとおりでしょう。」
「でもIT企業の社長なんかもTシャツだったりするじゃないか。」
確かにIT企業だと、Tシャツがフランクな感じで許されている。しかしオフィシャルな場では、まだまだ許されてはいない面もある。
「普段の我が社を見せるべきだろう。会社でスーツなんか着ることないのにスーツ姿だなんて可笑しいじゃないか。だまして入社させるようなもんだろう。」
女性は深く溜め息をついた。『だましてでもいいから人を入れてください。』そう言いたげなのが手に取るように分かってしまう。
逆に英治は少しだけ感心していた。確かにその通りだと思った。
でも常識はない社長だな、経営が心配になってくる。
「それでだ、事務員と管理者が欲しいんだけど、君たちはどうかな。」
「遠慮します。」




