こんなことまでやるんですか。
「はい、お弁当です。」
未佳が差し出したお弁当はウインナーにレタスに卵焼き、さらにはイチゴまで入っていて、建設現場とは似つかわしくないものだった。
「外で食べると遠足みたいですね。」
「そうだね。俺が幼稚園のとき、家の前で道路工事しててさ。道端でお弁当食べてるの見て『ボクもおとなになったらコウジするヒトになる』って言ってたんだ。」
「で、夢が叶ったんですね。」
「夢じゃねぇし、工事してねぇし。」
「照れなくてもいいですよ。」
「照れてねぇし。」
他愛もない会話がこれ程までに心地よいものだと英治は今まで感じたことがなかった。
昼休みなど、本当に体を休める時間でしかなかったのだ。
「ところで、お昼からは何をするんですか。」
「なんだろうね。まあだいたい想像はつくけど。」
「お前、なかなか見込みがある奴だな。今までに来た奴らより使える。」
監督の言葉に『当たり前じゃないですか』と言わんばかりに頷いたのは未佳だった。
「で、昼からはコレを頼む。」
そう言って渡されたのは、インパクトレンチであった。
「ソレ持ってついてこい。」
英治は監督から受け取った2つのインパクトレンチのひとつを未佳に手渡した。
左手で軽く受け取ると、想像以上にずしりと重く、慌てて右手を添えることにした。
監督は、建設中の建物の中に入っていく。
いや、入るというより壁に沿って作られた、簡易足場の階段を上がっていく。
朝使ったプレハブの階段以上に不安定に感じられる。
手摺や柱はただの鉄パイプだ。
周りは緑色のネットで覆われていて、転落防止対策もしっかりとられている。
未佳からすれば、それが余計に怖く感じるものだった。
「お前なに怖がってんだ。そんな怖いところでオレたちがひょいひょい行くわけないだろうが。」
『いや、あなた方なら行くでしょう。』とは口が裂けても言えなかった。
「大丈夫だよ。中桟もあるし落ちることはないよ。」
「ナカザン・・・」
英治は優しい言葉を掛けたつもりであったが、未佳を余計に混乱させていた。
「もういい、お前は掃除でもしてろ。事務所横の倉庫に竹ぼうきがあるから。」
「申し訳ありません。ありがとうございます。」
英治が頭を下げると、未佳も慌てて頭を下げる。
英治は小さな声で「じゃあ後でね。」と言って笑っていた。
監督はどんどん階段を上がっていく。
英治も後を追いかける。
未佳は一人で倉庫へと向かった。
それから数時間が経過した。
太陽が傾き始め、赤く眩しく輝いている。
建物から降りてきた英治は、黙々と竹ぼうきを振るう未佳に声を掛けた。
「あがっていいって。」
未佳は笑顔になった。
仕事が終わって嬉しいのか、英治が来たから嬉しいのか。未佳自身もよく分からない。
「英治さんは上で何してたんですか。」
「生コン打設後の後始末ってところかな。木の板で枠を作ってコンクリートを流すんだけど、固まった後に枠を外さなくちゃいけないんだ。で、それをやってた。」
飄々と話す英治に未佳は険しい表情を浮かべた。
「それって契約違反じゃないんですか。」
「まあそうだね。でもよく知ってるね。」
「研修のときに主任さんから教わりました。警備員は警備以外はできないって。」
「建前はね。お客さんには関係ないし、一介の警備員が契約違反なのでできません、なんて言えないよね。もっとも事故が起きたときには大問題になるだろうけど。」
未佳は納得していない。
「そうは言うけど掃除くらいは普通だし、範囲内だよ。」
「掃除ではなく、英治さんがやってたことです。こんなことまでやるんですか。」
英治は苦笑いしている。
「まあ、正直なとこ、やりすぎました。ごめんなさい。」
「わかればよろしい。」
「はい、先生・・・って立場逆だし、一応俺が上司だから。」
「当然でしょう。そんなこともわかってなかったんですか。」
二人は向かいあって笑った。
今日の疲れはどこかに飛んで行ってしまった。