進路相談(その4)
気がつけば、未佳は事務所に立っていた。
英治は慌ただしく書類に何かを書き込んでいる。
事務の陽子が冷たい麦茶をだしてくれた。
そして英治の隣に座るよう促した。
未佳は何だか照れくさかった。
『会いたい』という言葉の持つ威力と言うか、破壊力と言うか、冷静になるとこれほど恥ずかしいものだったとは。
「仕事中にごめんね。」
おそるおそる話す未佳に、英治は満面の笑みで答えた。
「いいよ。むしろ嬉しいし。」
それでも英治は手を止めず、書類になにか書き続けている。
「忙しいんでしょ。」
「いや全然。主任は休みだし、むしろ暇なくらい。」
「忙しそうだけど。」
黙り込んだ英治に対し、後でニヤニヤする陽子。
「照れてるだけだよ。私のまえでイチャイチャするのが恥ずかしいんでしょう。」
「イチャイチャって。」
英治と未佳は、声をそろえて言うと、ハッとして口をつぐんだ。
「ほらイチャイチャしてる。いいのよ、若い人は遠慮なんかしないで。」
そう言って陽子は自分の席に着く。といってもすぐ向いなのでかえって気まずい。
「陽子さんも若いじゃないですか。」
英治は取り繕ったつもりであったが、これが陽子に火をつけてしまった。
「若いなんて十代、二十代に言われたくないわ。知ってる、高齢出産って母子手帳に『高』なんてハンコ押されるのよ。」
何の話だろう。二人は面食らってしまった。
「高齢出産なんて、まだ早いでしょう。」
英治は何か探るように話している。
「三十五歳から高齢出産なのよ。あと三年しかないの。今から良い人見つけてお付き合いして、すぐ妊娠したとしても、二年くらいはかかるとしたら、一刻の猶予もないじゃない。」
確かにそうだけれど、そんなにこだわるものだろうか、とは言えない二人だった。
「高齢なんて、ぜぇっっったいに言われたくないの。」
確かにそうだけれど、そんなにこだわるものだろうか、と思ってしまう二人はまだ若いということなのだろう。
このままでは陽子の機嫌を無意味に損ねるだけなので、未佳は今日の経緯を二人に話すことにした。
「要するに進路相談したかったと。」
「そうなんです。でも恋愛と将来のことは別物だと言われてしまってて。」
「まあ、考えたって、なるようにしかならないんだけどね。」
それを一番感じているのは英治である。
なりたくてもなれない、努力だけではどうにもならない、そのことを嫌と言うほど味わっている。
「英治くんは今の仕事に満足してるの。」
英治は即座に首を横に振る。
「給料は安い、休みは少ない、従業員からも客先からも文句を言われ、この仕事のどこに満足すればいいか分からないね。」
辛辣であるが、その通りである。
「まあでも、最近は楽しいけどね。」
そう言って照れくさそうに下を向いた。
未佳が首を傾げていたので、陽子は長い定規で英治の頭を突っついた。
「未佳がいるから。」
二人は顔を見合わせて、すぐさま目線を外したが、未佳はニヤニヤが止まらない。
「そう言えば英治くん、私が何も言わないのに『大丈夫』って送ってきたけど、あれどうして。」
「ああ、だって、仕事もないのに全く連絡がなかったからね、何かあったのかと思ってさ。」
英治はちゃんと未佳の方を向いている。更にニヤニヤしてしまう未佳だった。
パンパンと陽子が手を叩く。
「はい、なるようにしかならない。相談は以上、分かった。」
陽子の無理矢理の手仕舞いに、戸惑う未佳だったが、なるようにしかならないというのが本質だろうと思えてきた。
今は警備員がある。先はわからないけど、ダメになったらなったときだ。
そう思える以上は、行動する時ではないのだろう。
何も変わってないけれど、なぜだか一歩前に進めた気分だった。
「あの、こんなこというのは何だけど・・・。」
英治がそっと話し始めた。
「俺は転職を考えている・・・んだけど。」




