進路相談(その1)
9月になり、新学期が始まった。
社会人にとっては夏休みも新学期も関係がない。
朝の通勤ラッシュが戻ってくるくらいだろうか。
電車やバスで通勤すると、学生がいなくなるので『夏休み』の存在は感じている。
マイカー通勤では影響がないと思いきや、通行量が若干であるが少なくなる。
それだけ車で送迎している親が多いということだ。
さて、未佳にとっては新学期が、少しだけ憂鬱であった。
このところ、『どうして学校に行くのだろう』というありふれた疑問にとらわれることがある。
大学に行くつもりはない。
社会にでると、高卒の資格くらいは持っていないと、と親からと言われて通っていた。
でも本当に必要なのだろうか。
とりあえず、3年半も通ったのだから、今更辞めるのは違うと分かる。
では卒業後に何をするのか。
今の仕事を続けるのか。
母親からも言われている。
「いつまで今の仕事をするの。もっときれいな仕事があるでしょう。」
じゃあ今の仕事は汚い仕事なのか。
言いたい気持ちをぐっと抑えた。
「だって、英治くんがいるから。」
両親は英治のことを認めているのではないのか。
英治のことも汚い仕事をしていると思っているのだろうか。
「恋愛と就職は違うのよ。」
母親は、固めに火を通した目玉焼きをフライパンごと未佳の前に置いた。
「何が違うの。何も違わないよ。」
母親は、英治のことを否定しなかった。それでも納得がいかない。
「ほら、お父さんからも何か言ってください。」
「ん、ああ。」
父親は、齧っていたトーストを面倒そうに皿に置いた。
「恋人と同じ会社がいいっていうのは分かる。だが万が一別れてしまった時は、同じ会社だと困ることも多い。少し考えてみてはどうだ。」
未佳は嫌悪感を露わにした。別れるなんてとんでもない。
その表情で、父親はすぐに言葉を誤ったと理解した。
そして改めて未佳と向かい合うと、ゆっくりと話し始めた。
「彼は好青年だ。彼を否定する気はない。だけど働くということは、全く別問題だ。良い機会だから考えてみなさい。」
未佳は納得できなかった。父親も納得できないだろうとは思ったが、年頃の娘を納得させることはできないだろうと諦めの気持ちが先に立っていた。
「じゃあ分かった。考えた。私は英治くんと結婚する。それならいいでしょ。」
未佳は語気荒く言い放つ。
父親は深く溜め息をついた。
「それこそよく考えなさい。一時の感情や勢いで結婚なんかするもんじゃあない。」
父親は、自らも落ち着かせる為に、必要以上にゆっくりと話す。
「あら、結婚なんて勢いだと思ったけど。冷静になったらできないわよ。」
母親が横から口をはさむ。それは父親も同意見ではあるが、大人として、なにより父親としてとして、そんなことは言えない。
「お前は余計なことを言うな。」
「あら余計って何よ。あなたが頼りないからでしょう。」
話の方向が変わってしまった。
未佳はさっさと朝食を終えて、その場を離れることにした。
『考えてみなさい』などと言われなくても分かっている。
実際に大手商社で働いている人と触れあって、今のままでいいのか疑問は持った。
けれど英治がいるからこそ、今の自分を肯定できると感じていた。
英治を抜きに、将来の自分を思い描くことなど、今の未佳には出来ない相談だ。
ましてや付き合って日が浅い二人なのに、別れたらなどと考えられるはずもなかった。