英治のお仕事
英治は仕事嫌いだが、仕事熱心である。
人手が足りない時は、現場に入る事もよくある。
今日は道路工事の為、2名で通行規制を行う、いわゆる片側交互通行だ。
左手に持った誘導灯を垂直に上げて、左右に軽く振り、運転者に合図を送る。
車が減速したら誘導灯を水平にして、停車させる。
停車を確認したら、運転者に一礼して、右手を上げて合図を送る。
合図を見たパートナーは対向車を通行させる。
ただそれの繰り返しである。
しかし状況によっては、色々と判断しなければならない。
英治は現場に到着したら、まずシミュレーションを行う。
今回は、比較的小さな路地で、車の往来も少ない。けれど近くに信号のある交差点があり、歩道が無い為、注意が必要な場所であった。
それぞれの立ち位置を考える。
交差点側と反対側のどちらに自分が立つべきか。
工事区間が短い為、お互いの状況が見える為、どちらでもなんとかなりそうだ。
現場監督と簡単に打ち合わせをする。
作業員がコーンを並べだしたので、車の誘導を開始した。
ところが、今日一緒にする相手がまだ来ていない。
今日の相手は、地場の工場を定年退職した河野さんだ。
年配者なので道に迷っているのだろうか。
英治の心配をよそに、河野さんが遠くからゆったりと歩いてきている。
「おはようございます。」
河野さんが挨拶しても、周りの人達は作業を開始しているので、挨拶どころか見向きもしない。
すこし不機嫌そうになる河野さんに英治は駆け寄った。
「遅いじゃないですか。もう作業開始してますよ。嘘でもいいから急いできました感を出してください。」
河野さんは、一層不機嫌になってしまった。
「とりあえず向こうに立ってください。一通です。歩道がないので歩行者が来たら両方止めますよ。」
「ああ、わかった。」
河野さんは交差点側に、英治はその逆側に立つことにした。
幸い、通勤時間帯も過ぎた為、車の通りはまばらだった。
だが、そのまばらな車ですら河野さんは見逃して、合図なしに車が通行することがしばしばあった。
また、英治が車を止めていると、河野さんがしきりに合図を送ってきて、車を行かせるよう促した。
しかし英治は河野さんの後ろにある交差点の信号を指差した。
信号は赤である。今、英治が車を行かせたならば、赤信号で詰まってしまうだろう。
青信号になってから、改めて車を通そうとすると、河野さんが車を停めずに通行させていた。
仕方なく英治は運転者に頭を下げて、もうしばらく待ってもらうことにした。
待たされた運転者は、文句こそ言わなかったが、英治を睨みつけるように走り去った。
クレームにならなかっただけでも一安心だ。
その時、一台の車を見逃し、合図なしで河野さんの方へ送ってしまった。
河野さんの方は車が来ていなかった為、何事もなかったのだが、河野さんが険しい表情で英治の元に駆け寄ってきた。
「なにやってんだよアンタ。一歩間違えば大事故だぞ。いつもは事務所だからって、現場をなめてるんじゃないか。」
これには英治も眉を吊り上げた。
「すみませんでした。ですが、河野さんはもう十三回も僕の合図を見逃しています。今も持ち場を離れています。さあ早く戻ってください。」
河野さんは押し黙って、しぶしぶ元の位置に戻った。
英治は姿勢を正し、これ見よがしに機敏で明確な合図を送るようにした。
その後は河野さんも合図を見逃すことはなかった。
「おつかれ、おい英治、河野さんと何かあったのか。」
事務所に戻るなり、主任が英治に話しかけてきた。
「いつもどおり、異常ありませんよ。」
「そうか、それならいいけど。河野さん、何か怒ってたみたいだからさ。」
「そうですか。どうしたんでしょうね。」
「お前って、現場監督さんからは評判良いんだけど、一緒にやった人からは評判悪いんだよな。」
「そうですか。どうしてでしょうね。」
何食わぬ顔で残務処理をする英治であった。




