表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/72

釣りに行こう(後編)

「空ってどこからが空なんだろう。」

 未佳はポカンと空を見上げてつぶやいた。

「見上げたら空だって聞いたことがあるような、ないような。」

 英治の言葉を聞いて、未佳は英治の顔を見上げた。

「え、俺の顔に何かついてる。」

 未佳はニヤニヤ笑っている。

「なに、なに、どうしたの。」

「だって、見上げたら空なんでしょう。じゃあ英治くんも空だなって。」

 言った未佳の方が照れくさそうにしている。

 英治はきょとんとしていたが、同じように照れ笑いをした。

 そして改めて未佳の顔を眺めると、出会った時よりも随分と日焼けしていることに気が付いた。

「あの、今更だけど、随分日焼けしちゃったね。なんか申し訳ない。」

「え、どうして英治くんがあやまるの。」

「いやだって、そんな仕事をさせているわけだし、休みの日にまで日焼けするようなとこに連れてきたし・・・。」

 未佳は少し考えるようにうつむいた。そして英治の目をじっと見つめてこう言った。

「英治くんは日焼けした女の子はキライなの。」

「そんなわけないだろう。」

 未佳の言葉と重なるくらい、英治の返答は早かった。

「じゃあいいよ。これは頑張った証拠なんだから。ていうかホントに今さらだよね。」

「いやだって急に黒くなったわけじゃないし、ほら周りの人達もみんな黒いからさ。」

「いいわけしない。」

「はい、すみません、今更でした。」

 ぺこりと頭を下げる英治。未佳はそれでも自分のことを見てくれている、そう思えただけで嬉しかったりするのだけど、それは言わないことにした。

「でも頑張った証拠っていい言葉だね。」

 上棟式で出会った美人さんの受け売りである。でもそれも言わないことにした。

「それにしても釣れないねぇ。」

 そう、もうかれこれ一時間が過ぎるが、何も釣れないままである。

 もっとも二人には、一緒にいるだけで十分であった。

さらに言えば、幸い周りには誰もいない。

突き抜ける空も風も波の音さえも、すべてが二人のものだった。

とは言え、さすがに何かお土産が欲しい。

英治は持ってきたクーラーバッグから魚を取り出した。

「あれ、もう釣ってたの。」

「そうじゃなくって、これは餌用イワシの魚だよ。」

 英治は投げていた仕掛けを回収し、針や糸を交換した。

 今までよりも大きな針に、糸は鉄のワイヤーに変わっていた。

「すごい、もう糸じゃないんだ。」

「この辺りはフグが多いらしいからね。フグは糸を噛みきってしまうんだ。だから鉄のワイヤーなら大丈夫ってわけ。」

「え、フグを狙うの。」

「いやいや、フグなんか雑魚だよ。狙うはもっと大物さ。」

 そう言って、英治は魚を丸ごと針に掛け、沖に向かって思い切り投げた。

 未佳にいいところを見せたくて、さらには未佳の両親へのアピールとして、大物を釣り上げる為、インターネットで調べていたのだ。

 よって実績はない。

 英治はバス釣りはするのだが、海釣りはほぼ未経験なのだ。

 すると即座にウキが沈み込んだ。

「来た。」

 リールを巻く手に力が入る。だが、やけに軽い。

「ばらしたかな。」

「何がばれたの。」

「いや、ばらしって逃げられたってことだよ。」

「逃げたでいいじゃん。なんで分かりにくい言葉使うのかな。」

 英治は、最近の女子高生だって同じだろって言いかけて、墓穴を掘ると黙り込んだ。

 そして仕掛けを引き上げると、そこには餌で付けた魚より一回り小さい魚が掛かっていた。

「すごい、釣れたね。」

「イワシがアジに変わった。」

 英治はアジが掛かったまま、再度海に放り投げた。

「どうして投げたの。」

「大物の為だよ。かわいそうだけど生餌の方が効果的だ。」

「エサなの、かわいそうだよ。」

 するとゆっくりウキは沈み込んだ。

 英治は慎重にリールを巻く。

 ズシリと重たい。雑巾でも乗っているようだ。

 今度は期待できる。

 すぐ近くまで巻き取った時、掛かった獲物の正体が分かった。

「イカだ。イカがいる。」

「タモ、タモを用意して。」

 未佳は目をパチクリさせた。

「タモってナニ、タモリさんのこととか。」

「網だよ、タモって網のことだよ。」

 英治はあごで足元にあるタモを指した。

「アミでいいじゃん。なんで分かりにくい言葉使うのかな。」

 未佳はブツブツ言いながら、タモでイカを掬おうとした。

 しかしイカは墨を吐き、あっという間に海底に消えていった。

「あーあ、逃げられちゃった。」

 後に残ったのは、無残に背中を齧られたアジだった。

 英治はアジをそのままにして、再度放り投げた。

 するとウキは勢いよく沈み、浮かんではこなかった。

「また地球を釣ったかな。」

 竿を立てて糸を引っ張ると、ぐぐっと引っ張り返された。

 竿を立てるのもままならない。これはとんでもない大物の予感がする。

 ゆっくりとリールを巻く英治。

 未佳も英治の顔色から、すごいことが起きたんだと、ぎゅっと拳を握りしめた。

 海面にしぶきが飛び散る。魚が暴れているようだ。

 だが何か変だ。海面から突き出た三角形の何かが、右に左にと行き来している。

「あれって・・・サメじゃね。」

 そう、海面から突き出ていたのは、映画などでよく見るサメの背ビレそのものだった。

「大物ってあれじゃないよね。」

 だが、竿にかかる力と、サメの動きが完全にシンクロしている。

「サメの歯って鋭いから、糸が切れるんじゃないかな。」

 だが、フグ用にとワイヤーを使用していた。だから切れない。

 やがてすぐ足元までサメを引き寄せた。魚影を見るに、1メートルほどだろう。

「タモをお願い。」

「タモさん行きます。」

 未佳はタモで掬おうとするが、なぜかうまく掬えない。

 タモは頭をかすめるのだが、弾き返されてしまうのだ。

「えーい、こうなったら一か八かだ。」

 英治は思い切り竿を立てて、強引に引っ張り上げた。

 バシャーンを大きな音を立てて、サメは全身の姿を現した。

 未佳はタモでサメの尻尾を掬い上げた。

「やったあ。」

 二人はハイタッチを交わした。

 釣り上げたのは、なんとシュモクザメだった。

 ハンマーヘッドと呼ばれる、頭が左右に張り出しているサメだ。

「シュモクザメか、どうりでタモに入らないはずだ。」

 シュモクザメは観念したのか、暴れることもなく大人しくしている。

「フカヒレじゃない。」

「フカヒレってどこのヒレなんだ。」

 しばらく沈黙が続いた。

「とりあえず写真撮ろう。」

 未佳と英治はスマホで自撮りをした。

「ほらもっとくっつかないと撮れないから。」

 頬が触れ合う距離だった。

「じゃあ逃がそうか。」

「どうやって。」

 その後、針を外すのに悪戦苦闘し、海に帰すのに悪戦苦闘したことは言うまでもなかった。

 そしてお土産は、岸壁に生えていた大量のワカメだった。


「また行こうね。」

「次こそ釣ってやるよ。」

「釣れなくてもいいんだよ。二人でいられるなら。」

 そう思っていたけれど、照れくさくて言葉にはしない二人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ