生コン打設です。
始まりはラジオ体操だった。
作業着姿の中高年男性20名が、きれいに列を組んで体操をしている。
それも意外なほどに切れのある動きだ。
英治と未佳もそれにならい、最後列で体操をした。
「それでは朝礼を始めます。」
体操を終え、皆が中央に集まった。
監督が前で作業の概要を説明している。
未佳はあくびを堪えていた。
「それでは各社、今日の行動目標をお願いします。」
「はい、大本建設、総員8名、今日の作業はコンクリート打設です。危険予知ポイントは、合図応答無くポンプを稼働させ、ホースが暴れて人に当たるです。行動目標は、合図応答を確実に行うです。」
一見だらけた中高年とは思えない、歯切れのよい応答に、未佳はたじろいでしまった。
「塚島建設、総員5名、今日の作業は・・・。」
これは自分達もやるパターンだ。
もちろん英治がやってくれるだろうけれど、それでも緊張してしまう未佳だった。
そして英治の番が来た。
「太陽警備、総員2名、今日の作業は大型車の誘導です。危険予知ポイントは、大型車と歩行者および一般車両が接触事故を起こすです。行動目標は、歩行者および一般車両に注意を払うです。」
英治は眉一つ動かすことなく平然と答えていた。
「英治さん、この現場は何回目ですか。」
「え、初めてだよ。」
「この仕事は何年やってるんですか。」
「え、1年とちょっとだけど。」
「じゃあこの仕事があってるんですね。」
未佳は英治と一緒で本当に良かったと思う反面、とても真似はできないと感じていた。
するとそこに白く平べったい消防自動車のような大型車がやってきた。
「ポンプ車だ。誘導するから歩行者が近づかないように見ててください。」
長いホースを備え付けたおの車は、ポンプ車と言うらしい。
未佳は朝礼で言ってたホースってアレだな、と思ったが、用途が全く分からなかった。
とりあえず言われたとおり、歩行者が近づかないよう周囲を警戒したが、幸いにも誰も通ってはいなかった。
入口は狭く、未佳の方から見るとぶつかってしまうように思える。
それをギリギリまで寄せて、大きくハンドルを切るよう合図する。
ポンプ車は、一度も切り返すことなく、打設する場所にたどり着いた。
「誘導上手ですね。」
「いやいや運転手さんが上手なだけだよ。」
運転手さんの腕だけでないことは、周りの作業員の人達の表情を見ればすぐに分かった。
英治は現場に着いた時にはすでに、頭の中でシミュレーションが出来ていたのだろう。
「未佳ちゃん、ミキサー車が来るから配置について下さい。」
「はい、分かりました。」
未佳はそそくさと通りの方へ向かった。
英治は一人顔を赤らめていた。
『未佳ちゃん』・・・そう、英治が未佳を名前で呼んだのは初めてのことだった。
未佳一人に任せて大丈夫だろうか、という気持ちより、今はこの場にいなくてホッとしたという気持ちの方が勝っていた。
それから未佳は、黙々とミキサー車の誘導をした。
といっても通りから右折するときに、歩行者がいないか確認するだけの簡単なものだった。
「お姉ちゃん、お疲れさま。これで最後の一台だよ。」
ミキサー車の運転手が窓を開けて未佳に声を掛ける。
未佳は笑顔で手を振った。
「今日のお仕事はもう終わりだ。」
まだ12時にもなっていない。
足取り軽く、英治のいる現場入口へと向かった。
現場の入口付近には、ミキサー車2台が並んでいる。
その為、道路が狭くなり、歩行者だけでなく一般車両の誘導も必要となっていた。
現場からコンクリートを流し終わったミキサー車が出てきた。
ちょうど小さな子供を連れた女性が歩いていたが、ミキサー車を見て小走りになった。
「ゆっくりで大丈夫ですよ。足元が悪いので気を付けてください。」
そして女性が離れたのを見届けると、ミキサー車の運転手に合図を送り、現場から送り出した。
その後にすかさず次のミキサー車を誘導する。
その手際を見た未佳は、何だか自分がお金をもらってはいけない気分になっていた。