夏の休みのパトロール
世間は夏休みであるという。
子供のころは当たり前だったアレである。
「パトロールに行ってきます。お昼もついでに外で食べてきます。」
お盆の間でも警備会社に休みはない。
もっとも社会人に夏休みなど存在しない・・・はずである。
ニュースで毎年のように報道される海外出国組の映像。
同じ社会人でこうも違うものなのか、なんて思ったら負けである。
それぞれの職業で一長一短あるわけだ。
だから年間休日が130日あったとして、代わりに何か不都合があるはずだ。
英治はこういう点で前向きである。
自らの労働環境が決して良くないことは分かっている。
だが、ここから抜け出せない以上、他をうらやむことは間違っている。
そういう思いは立派だが、それが自分を追い込んでいる要因ではないのだろうか。
とにかく夏だろうと、閑散期だろうと、長い休みとは無縁なのだ。
それどころか、他が休みだからこその仕事もある。
例えば水力発電所の警備である。
一週間誰もいない発電所の詰所に泊まりこむ。
パトロールという名の散歩付きである。
周りには民家もなく、昨年担当した人に言わせれば『猫も通らない』そうである。
家でごろごろするか、詰所でごろごろして金までもらえるかの差だそうである。
そこにお金を出す客先も物好きだなんて思うが、お金を払ってでも休みたいというのが一般的な考えのようだ。
事務所のドアを開けた時、そこには未佳が立っていた。
「あれ、どうしたの。」
今日は現場に配置したはずだが。
「終わっちゃった。」
英治は腕時計を確認した。
現在11時15分だ。
確か、配置は一軒家の生コン打設だったはず。
早く終わるとは思っていたが、これほどまでとは。
「よし、じゃあ俺のパトロールについてくるか。」
「え、いいの。じゃあそうする。」
とりあえず会社の車に乗ろうとしたが、なんとなく悪いようで、自分の車で行くことにした。
「一緒に仕事するのって久しぶりだね。」
そうか、これは仕事なんだ。
未佳がいるだけで英治の仕事モードは崩れていた。
「パトロールなんて格好いい。」
「そうでもないぞ。」
これは仕事だ。心の中で再確認した。
初めに到着したのはビルの建設現場事務所だ。
まだ骨組みだけなのだが、入口には立派な完成図がCGで描かれている。
「すごいオシャレなビルが建つんだ。こんなところで働けたらいいなぁ。」
それに関しては英治も同感である。
世界が違うとはこのことである。
こうして繋がっているというのに。
「この完成図って歩道まで変わってるよね、隣のビルも違うし。」
「あ、ほんとだ。」
揚げ足を取るくらいが、英治の精一杯の負け惜しみであろう。
シャンゼリゼ通りのような完成図はさておき、重たそうな鉄の波板で出来た扉の向こうが現場事務所になっている。
扉には閂が掛けられ、ナンバーロックが掛かっている。
英治はナンバーロックが外れていないことを確認した。
そしてナンバーロックをガチャガチャ回し、ナンバーを合わせようとするが、一向に合わないようだった。
「やば、番号忘れたや。ちょっと待っててね。」
そういうと、英治は横の壁に足を掛け、するするとよじ登ったかと思うと、壁の向こうに消えてしまった。
未佳は呆気にとられていた。
そして数分後に壁の上から英治が顔を出した。
「ごめんね、お待たせ。」
英治は自分の身長よりも高い位置から飛び降りると、屈む様な姿勢で着地した。
「異常なしっと。」
英治は手板に挟んだパトロール日誌に日付と時間を書き込んだ。
「異常なしって・・・それでいいんだ。」




