最高の花火をあなたと二人で見たかった。
いつもは車で通る道が、今日は思い切り真ん中を歩ける。
それだけで主役になったような気がする。
歩行者天国なんて言葉は、古臭くて嫌いだが、いつもと違うこの感覚は、やはり天国なのかもしれない。
車の通行規制をしている警備員を見ると、思わず大変だなと心の中でつぶやいてしまう。
すっかり警備員になってしまったのか。
道の両側に露店が立ち並ぶ。
露店の店主といえば、普段は縁のない厳めしい男性なのに、この時ばかりは親しみが湧いてくる。
露店の華やかな照明を見ているだけで高揚する。
金魚すくいに綿菓子に、トウモロコシにベビーカステラ。
甘栗なんていつでも食べられるのに、焼きイカなんて普段食べないのに、この時ばかりは無性に食べたくなってしまう。
見るものすべてが魅力的に思えてくる。
未佳は目移りしてしまう。
目移りしたがために、結局何も買わずにいる。
「未佳ちゃん、欲しいものがあったら言ってね。」
そう言って、未佳の隣で両親はキュウリをかじっている。
よりによって、いつでも食べられるものナンバーワンではなかろうか。
昨年も両親と一緒だった。
そのことに何も思うことはなかった。
でも今は違う。
どうして隣にいるのが両親なのか。
両親のことは嫌いではない。
それでも違うと思ってしまう。
こんなにも、親と出かけることがつまらなくなるなんて。
もちろん両親もそれを感じ取っている。
それが自然であり、当たり前であり、喜ばしいことなんだ。
二人は心で繰り返すのだが、寂しさは拭い切れはしなかった。
「ほら、もうすぐ花火があがるから、良く見えるとこ探さないとね。」
未佳は返事をしなかった。
「未佳ちゃん、大丈夫。人に酔っちゃったかな。」
未佳は首を横に振った。
「そうじゃないけど、少しだけ一人にさせてくれるかな。」
そういうと、振り返らずに両親から距離を取った。
騒がしい雑踏、みな一様に笑顔である。
他に一人でいる人が見当たらない。
恋人同士ばかりが目に付く。
「ここから先は関係者以外立入禁止です。押さないでください。」
人ごみの向こうにトラロープが張られている。
なるべく前で花火を見ようと、大勢の人が押し寄せている。
未佳は人波にのみこまれ、否応なしに前に進んでいた。
こんなにも人がいたのでは、あまり背の高くない未佳には不都合だ。
なんとか人波から逃れようと、両肘で人をかき分ける。
その時、後ろから強く押され、態勢を崩しトラロープにもたれかかった。
細いトラロープで未佳の体が支えられるはずもなく、ロープに嫌われるように弾かれて転倒した。
未佳の背中を複数の足が蹴ってくる。
倒れた時に着いた手の痛みと、背中に感じる痛みと、押し寄せる不安。
どうしてこんなことになったのだろう。
「人が倒れています。止まってください。」
大声とともに背中に走る衝撃が止んだ。
近くにいた警備員が両手を広げ、自らの体で人波を制止している。
「大丈夫ですか。立てますか。」
優しくそう言うと、そっと大きな手を差し伸べてきた。
未佳はその手を軽くつかんだ。
警備員の手は、白い皮手袋をしていたが、それでも温かいと感じた。
警備員はトラロープを手であげると、未佳をロープの内側に入れた。
未佳は両手で浴衣をはたいた。
幸いにも、砂埃が付いた程度で、浴衣は汚れていなかった。
手のひらを少し擦りむきはしたが、ケガもしていない。
「ありがとうございます。」
未佳は深々と頭を下げる。
「いや、ケガがないようで良かった。もうすぐ花火が始まる。もう少し奥に行こう。」
警備員は未佳の手を引き、花火大会の関係者がいるテントに向かった。
「ここって関係者以外は立入禁止ですよ。」
「いいんだよ、関係者なんだから。」
未佳はテントの中にある、折畳みイスに腰かけた。
そしてようやく気が付いた。
警備員が英治であることに。
「英治君、どうしてここに。」
「どうしてって、メール見て来たんじゃないの。」
英治はやれやれと、未佳の横に腰を下ろした。
「仕事って・・・。」
「そう、花火大会の雑踏警備。段取り終わって、後は任せてても大丈夫だからね。」
「それじゃあ最初から・・・。」
「うん、サプライズってやつだね。」
「最高の花火を二人で見たかったんだ。」
読んでくださり、ありがとうございます。
次回更新は14日(火)昼11:00です。次回も宜しくお願いします。




