花火大会まで待ち遠しいですか。
「来週の金曜日は休むなよ。仕事があるからな。」
主任がわざわざ英治に言った。
それにはとある理由がある。
「お前、未佳ちゃんと付き合ってるだろう。」
「誰から聞いたんですか。」
「雅人だよ。」
ああそうか、雅人は未佳のことが好きだったから、言わざるを得ない状況になったんだな。
英治は素知らぬ顔で書類整理をしている。
「で、来週の金曜日ってなんですか。」
「花火大会だよ。お前ら二人で行くつもりだろうが、そうはさせんぞ。働いてもらう。」
英治には意味が分からなかった。
仕事があるなら仕方がない。
ただ、色恋沙汰が理由で休ませないとは、パワハラあるいはセクハラともとれるのではないだろうか。
「どうして既婚者がやっかむんですか。」
当然の疑問である。
「未来のない者が未来のある者をやっかんで何が悪い。」
十分悪いでしょう、とは言えない英治であった。
(話が長くなりそうだから)
そういえば未佳が花火のことを言っていた。
花火大会は、娯楽に乏しい地方都市の一大イベントの一つである。
市内に架かる大橋の両岸から一斉に花火を打ち上げ、地元民は夏が来たことを実感するのである。
英治は少し離れた場所に住んでいる為、今の今まで縁がなかった。
イベントというもの自体、あまり好んで行くことがなかった。
だから今回の件に関しても、未佳ががっかりするだろうな、というくらいでしかなかった。
そんな折、未佳からのメールが届いた。
―来週は花火だよ。思い切って浴衣着ようかな。
―それは楽しみだ。
すかさず返信する英治。
しまった、見たい気持ちが勝って、断ることができなかった。
しばらく考える英治だったが、仕事なんて夜までには終わるだろう考えるようになっていた。
何よりも断りたくはなかった。
仕事を溜めないよう、とにかくやれることはやった。
花火会場の前を通ると、露天用のテントや機材が組み立てられるのを待っており、嫌でも気分を盛り上げてくれた。
英治にとって待ち遠しいと思うことが初めてのことかもしれない。
英治はよく言えば保守派な子供であった。
普段とは違うことに対して不安を感じてしまう性質である。
さらには心配症でもある。
遠足のときは雨かもしれない。
バスで酔ってしまうかもしれない。
要するに楽しめない奴である。
先日、未佳の父親から言われた通りなのだろう。
それでも最近では心配や不安は軽減されている。
なぜなら世の中は上手くいかなくて当然だという厭世観を持ってしまったからかもしれない。
そんな英治が待ち遠しいと少しでも思うことは、未佳が英治を導いている証かもしれない。
「英治、金曜日は5時から現場に入ってくれ。」
主任の言葉を英治は聞き返す。
「5時って朝の5時ですか。」
「夕方の5時に決まってるだろうが。」
主任はことの詳細を説明した。
花火大会の開催時間中、英治は仕事をしなければならないことが確定していた。
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次回更新は6月11日(土)の09:00を予定しています。
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