水族館にて(後編)
「俺と一緒に水族館に行こうって言われてどう思ったの。」
少し声が震えていたかもしれない。
遠くで跳ねるイルカを見ながら、目を合わさないように言った。
「私なんかでいいのかなって思いました。」
英治の不安とは違い、未佳はきっぱり言い切った。
「英治さんって絶対彼女さんいるだろうなって思ってましたから。」
こんな時、なんて返したら良いのだろう。
『どうしてそう思うの』『いやいや全然もてないから』
どれも正解とは思えない。
とりあえずコーラを口に運んで落ち着くことにした。
グ・グゲェ・・・
どうやらコーラが違うところに入ってしまったようだ。
むせかえり、少し涙目になる英治。
ものすごく動揺したようで、恥ずかしさから目を開けたくない。
「大丈夫ですか。」
「うん、大丈夫だから・・・。」
未佳は口に手を当てた。
しかし堪え切れず声をあげて笑ってしまった。
「英治さんってウチのおじいちゃんみたい。」
「おじいちゃんは酷いなあ。」
ようやく治まった英治は口をとがらせて抗議した。
「だって、大丈夫じゃなさそうなのに強がって、それが余計にかっこ悪くて。」
そこまで言うと、未佳はハッと口をつぐんだ。
少しだけ歯を見せて、やや苦笑いの未佳であったが、その様子に少しだけ救われた気持ちの英治であった。
「確かにかっこ悪いよね。」
ぼそっとつぶやく英治に、未佳は慌ててフォローを入れる。
「そんなことないです。・・・むしろかっこ良いですよ。」
そう言う未佳の頬には、微かに赤みがさしていた。
しかし英治の目に映っていたのは、遠くでジャンプするイルカの姿だけだった。
「ありがとう、かっこ良いは言い過ぎだけど。かえって虚しくなってしまうよ。」
「ご、ごめんなさい。」
俯いた未佳の顔を英治は改めて眺めた。
目は大きいとは言えないが、明るいブラウンのカラーコンタクトのせいか、少し潤んでいるように見える。
まつげは長く、きれいにカールしていた。
「ところで、それってカラコン入れてるよね。」
「はい、そうですよ。」
「どうしてカラコン入れてるの。」
未佳は怪訝そうな顔になった。
聞いてはいけないことだったのか。
「どうしてって、落とした時に見つけやすいからですよ。」
英治が思っていた以上に単純な答えだった。
「じゃあピアスはどうなの。」
「え、ピアスですか、これは重大な決意の時にあけています。」
高校生ですでに3つも重大な決意をしたのか。
成人までに耳が埋まってしまうぞ。
英治は何だか可笑しくなって、口に出さずにはいられなかった。
「十八歳ですでに3つって、成人する頃には耳がなくなってるんじゃないのか。」
薄ら笑いを浮かべながら、少し意地悪気に言ってみた。
「ヒドイ、絶対バカにしてますね。」
「バカにしてなんかないよ。小馬鹿にしてるだけ。」
「ひどすぎるぅ。」
楽しい。
英治は迷うことなくそう思えた。
未佳を誘ったことは、英治自身にもよく分からない、何となくという感じだった。
それこそ、未佳からの電話に出たのが英治でなかったら、今日のことはなかっただろう。
「あ、イルカショーが始まった。」
今、この時間が楽しい。
それだけで英治は満足だった。
「そういえば、明日の配置はどこですか。」
「明日も俺とデートだよ。」
未佳は眉をひそめた。
「嫌だった。」
「イヤではないんですけど・・・、お金稼がないとスマホとか払えないし・・・。」
英治は微笑んでみたものの、どこか寂しさを感じてしまった。
「そりゃそうだね。俺も連日休みは取れないし。」
「冗談ですよね。」
「冗談半分、本当半分。明日は俺も現場に出るから、一緒の現場だよ。」
未佳は満面の笑みを浮かべた。
「本当ですか。よかった、嬉しいです。」
英治の胸が高鳴った。
そう言われて英治も嬉しかった。
デートで失敗して険悪な感じになってしまったら、明日の仕事にも差し障る。
明日の配置を同じ場所にしたのは一つの賭けとも言えた。
もっとも配置が先に決まっていて、今日の誘いは後からだったが。
「明日はお弁当作ってきますね。」