運命って信じますか。
お風呂から上がったばかりの未佳の頬は、ほんのりと赤らんでいた。
元々化粧をしていないのに、スッピンという言葉だけで興奮しそうになる。
浴衣の重ねが少しばかり緩く、胸元がはだけそうである。
「英治くん、ちょっと近いよ。」
英治は無意識に胸元に目が行ってしまい、ついつい未佳との距離をつめていた。
「英治くんねえ・・・。」
傍の縁台に腰かけていた父親が、ニヤニヤと二人を見つめている。
「お母さんはどうしたんだ。」
「まだ髪乾かしてる。もうすぐじゃない。」
父親はまだニヤニヤしている。
「どうせなら二人で散歩でもしてきたらどうだ。」
「どうしたの急に。」
「いや、30分くらいなら良いんじゃないか。」
父親の意外な言葉に二人は照れくさくなってしまった。
でも二人きりになりたい。
思いは同じであった。
「それじゃあ行こうか。」
未佳は英治の手を引っ張った。
しかし父親の視線を感じてすぐに手を放すことになった。
英治は軽く頭を下げ、踵を返し温泉を後にした。
未佳もその後ろをついていく。
「ウチの親がごめんね。」
「なんかバレバレだよね。まさかこんなに早く両親に会うなんて思わなかったよ。」
「でも親が期待するほど進展ないけどね。」
「まあ確かに・・・って期待してるの。」
未佳は腕組みをした。
「そうだね、私って中学の時にいじめられて登校拒否してたから、普通に女の子してるのが嬉しいんじゃない。」
「そういうものなのか。だといいけど。」
未佳は英治をジッと見る。
浴衣姿の英治は、以外にも逞しく見える。
胸元から見える胸筋は厚く、着痩せするタイプなんだと感じた。
しかし浴衣を着慣れていないようで、胸元がゆるゆるだ。
そして気が付いた。
自分の胸元もゆるゆるになっていることを。
「英治くん、さっき私の胸元見てたでしょう。」
正解である。
英治は何も言わず、何も答えず、素知らぬふりをするだけだった。
「サイテー。」
英治は胸が痛くなった。
だが、現状を打破できる方法が思いつかない。
ただあるとすれば、この先にあるモノだけだった。
「まあ、もう少ししたら良いもの見られるから。」
英治はそそくさと前を歩く。
未佳は怒っているわけではなく、むしろ恥ずかしさの方が先に立っている。
英治は振り向くと、無言で手を少しだけ差し伸べた。
未佳は待っていたかのように手を取った。
英治は強く握り返した。
それから二人は肩を並べるように歩いた。
ふと、二人の間を一筋の光が通り抜けた。
薄緑にぼんやりと光る、それはホタルだった。
足元の草むらに、ひとつふたつと漂う光。
見上げると、無数の光が舞い踊っている。
未佳が手を伸ばすと、ふわふわとその手にとまった。
未佳の手が輝きを放つ。
まるで魔法使いになったようだ。
「こんなにたくさんホタルみたの初めて。」
「俺もそうだな。」
「知ってたの。」
「宿の人に聞いてた。でも一人で見るのはつまらんと思ってたんだ。」
「ここに来て良かった。」
「俺もだよ。」
約束しなくても会えた。
遠い場所なのに会えた。
偶然にしては出来すぎだ。
英治はそっと未佳の肩を抱き寄せた。
「今さらかもしれないけれど、俺と付き合ってくれ。」
「今さらだね。もう付き合ってると思ってたよ。」
ホタルたちが天に昇ったのか、屋空には一面の星が瞬いていた。
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