英治の非日常
「それでは警務班の報告を致します。」
ここは2階の会議室。
あまり広い部屋ではなく、窓も何もない。
楕円の会議テーブルと、ホワイトボードがあるだけだ。
座っているのは社長に専務、部長に課長、そして英治の5人。
主任はというと・・・、
「悪い、急用で会議に出られないんだ。大丈夫、資料は完璧だから読み上げるだけで終わるさ。」
「でも、社長たちの顔もよく知らないんですけど。」
「じゃあ教えてやる。ヅラ社長、デブ専務、ハゲ部長、貧乏神課長だ。」
「全部ただの悪口じゃないですか。」
「でもすぐにわかるぞ。」
七三分けが少し斜めになっているのが社長で、ふくよかなのが専務、頭頂部が涼しいのが部長で、・・・もう一人ふくよかな男性がいる。
ふくよかでチリチリのパーマをあてているのは・・・貧乏神課長だ。
まさか桃鉄の貧乏神だとは。
笑いを堪えるので精一杯の英治であった。
「売り上げが大幅に落ちているのはどういうことだ。」
「それは雨天による作業中止が影響しています。」
「今月売り上げ予想も下がっているのはどうしてだ。」
「はい、大型の公共工事が2件ありましたが、先月の中旬にて完了した為です。現在大口の仕事は予定されておりません。」
的確に答える英治に対し、社長は聞こえるように舌打ちをした。
「全然わかっとらんようだね。下がるなら取ってくるのがオマエの仕事だろう。他人事のように報告してるんじゃない。このままじゃ赤字だろうが。」
「申し訳ありません。認識不足でした。ただ、お言葉ですが、当社の警備員は日給ですので、仕事がなければ収入はありませんが出費もありません。赤字にはならないと考えます。」
社長は再び舌打ちをした。
「売り上げが上がらなければ、管理費が出ないということだ。分かるか、つまりはオマエの給料が出ないということなんだよ。ただ働きでもしてくれるかね。」
英治は無言で俯いた。
社長が求めているのは意見でも正論でもない。
自らの威厳を高める行動なのだろう。
こんな小さな会社なのに・・・。
社長だから何だというのだろう。
「とにかく努力したまえ。このような報告は二度と受け付けんからな。」
会議が終わり、1階におりるとそこには主任が待っていた。
「よし、昼飯に行こう。俺のおごりだ。」
英治は無言で席に座った。
「遠慮します。そんな気になれません。」
「そうか、じゃあ温泉なんてどうだ。」
主任の唐突な提案に目が点になってしまった。
「仕事中ですよ。なんで温泉なんですか。」
主任は不気味に微笑んでいる。
「ほら、今日は隣の県でスーパーマーケットの新装開店があっただろう。」
「ええ、泊りがけで5人行かせた件ですね。」
「そう、それだ。今連絡があってな、仲間同士で言い争いになって一人が腹を立てて帰ったとのことだ。だから代わりに行ってくれ。」
英治は頭の中で整理した。
警備員とは言え、中には日雇い的な人達もいる。
仲間内でケンカになって、途中で帰ってしまう事例は過去にも何度かあった。
だが県外だぞ、泊まりだぞ、そんな常識外れが許されるのか。
今は考えても仕方がない。
取り敢えず、お客さんに謝罪しなければ。
「高速使っていいから行ってくれよ。」
「分かりました。行きますよ。」
「帰りに温泉入ってきて良いからさ。」
「え、帰りって日帰りですか。」
「そう、明日は大丈夫だからさ、今日だけ頼むわ。」
今から高速道路を使っても2時間は掛かる。帰りにも2時間とすれば、合計4時間の運転となる。
「明日は昼からの出社で良いからさ、頼むよ。」
休みにはならないんだ。
「分かりました。行ってきます。」
読んで頂きありがとうございました。
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