水族館にて(前編)
今日は土曜日ということもあり、チケット売り場は少しだけ混雑していた。
警備員らしき中年男性が列を作るように促していたが、きれいに列はできていなかった。
「ちゃんとカラーコーンを置いて、誰もが分かるように誘導しないとダメだね。」
英治は一人つぶやいていた。
「職業病ですね。」
未佳にはしっかりと聞こえていたようで、英治は気恥ずかしくなってしまった。
「大人2枚でお願いします。」
「あ、私は高校生ですよ。」
「そうだった。すみません、大人1枚と高校生1枚で。」
英治は5千円札を差し出した。
おつりは千五百円だった。
「あの、お昼をおごるって話ですけど、なしでもいいですよ。」
未佳は申し訳なさそうにしている。
ここまでくるのに高速代金で千円、駐車場代で千円、入場料で3千5百円使っている。
お昼までとなると1万円近くのお金を使わせることになってしまう。
しかし英治は聞いていなかった。
なにより『高校生1枚』という言葉に衝撃を受けていた。
相手は一応十八歳だが未成年には変わりない。
ましてや現役女子高生ともなると、自分が悪いことをしているように思えてきた。
「さっきのチケット売り場のお姉さん、美人でしたね。」
英治は顔が浮かばなかった。
「そうだったの。まったく見てないや。」
「英治さんって女の人に興味ないんですか。」
さらっと難しい質問だ。
『ある』も『ない』も引かれてしまうのではないか。
英治の心は決まらないまま、適当に答えることにした。
「興味がないわけじゃあないよ。でも女の子と一緒にいるのに、他の女の人に目が行くわけないだろう。」
未佳はみるみる赤くなった。
英治はしまったと思いながらも、これ以上話を続けるのはまずいと歩き出した。
今日は『単に仕事仲間と遊びに来ただけ』なのか『気になる人とのデート』なのか。
服装から察するに、前者であると考える。
であれば不適切な発言だ。
ましてや相手は高校生だ。
冗談と受け流せないかもしれない。
英治は考えるのを止めた。
二人の目前には水槽のトンネルがあり、小魚が群泳していたからだ。
「すごい、イワシの群れだ。」
「これってイワシなんですね。生きてるところ見たのは初めてです。」
『初めて』というところに過剰反応してしまい、またまた思いを巡らせてしまう英治であった。
トンネルを抜けると色とりどりの魚達が待っていた。
「エイがいますよ。」
「ホントだ。結構デカイな。」
「タツノオトシゴって近くで見るとグロくないですか。」
「え、どこにいるの。海藻しかみえないんだけど。」
「あっちでナマコ触れますよ。」
「うわ、パス。俺そういうの無理だから。」
特に珍しい魚というわけでもない。
何気ない一時を誰かと共有している。
楽しい。
面白いとか愉快とか、そういう感情とは違う。
何気ないのに楽しいのだ。
英治は純粋に楽しんでいた。
「あれ、ここはステージですか。」
丸いプールを囲むように、長いベンチが階段状に並んでいる。
「イルカショーだね。まだ少し時間があるけど今のうちに座っておこうか。」
「はい、それじゃあ私は飲み物買ってきますね。何が良いですか。」
「炭酸系なら何でもいいよ。」
「わかりました。ちょっと待っててくださいね。」
そう言うと、未佳はすぐそばにある売店に向かった。
英治がベンチに腰をおろすと、三頭のイルカがジャンプした。
遊んでいるのか練習なのか、どちらにせよ、まるで歓迎してくれているようだった。
「はい、お待たせです。」
未佳は自分の顔が隠れそうな、大きなカップを両手で差し出した。
「ありがとう、これってコーラかな。」
「さあどうでしょうね。」
未佳はいたずらっぽく笑う。
英治が恐る恐る口をつけると・・・間違いない、コーラだ。
「なにびびってるんですか。」
「びびってなんかないよ。それより一つしか買わなかったの。」
「はい、特大サイズですから二人で飲めばいいかなって。」
英治はたじろいでしまった。
でも平然を装った。
「まあ、回し飲みなんて友達同士じゃ普通だよね。」
「え、まあそうですね。とくに気にしたことありませんけど、普通じゃないですか。」
英治は心の中で思った。
ー俺の高校時代には女の子と回し飲みなんて文化はなかったぞ。今の子達が羨ましい。
少しだけ沈黙が流れていった。
そして英治は思い切って聞いてみた。
「俺と一緒に水族館に行こうって言われてどう思ったの。」