英治の日常
いつも通りの朝が来た。
いつもどおりに英治は出勤する。
軽自動車で1時間、渋滞しなければ45分が通勤時間だ。
前の車が遅いと思えば、車線変更して追い抜く。
渋滞していると思えば、裏道に入り迂回する。
そうしていたのも最初の半月位だろうか。
頑張っても会社に早く着くだけだと思えば、急ぐ理由にはならない。
遅刻しなければいい。
FMラジオを聴きながら、左車線を直走るようになっていった。
だいたい7時には事務所に着く。
2階建ての自社ビルの1階が勤務場所である。
ちなみに2階は社長をはじめ、偉い人達がいる階である。
始業時間は8時である。
まだ始業時間にはなっていない。
しかし事務所の電話は鳴る。
「現場に到着しました。」
配置した警備員の皆さんから、現場到着の連絡が入る。
中には現場が分からず迷ってしまう人もいる。
そんな電話の対応の為、始業時間より早く出社している。
15分ほど遅れて主任が出社してくる。
以前は英治と同じ時間に出社していたはずが、段々と遅くなっているような気がする。
7時55分になった。
「おはようございます。」
事務服姿の女性が軽やかに出社してきた。
痩身で、ショートカットのボーイッシュな女性で、名前を陽子と言った。
社長の一人娘で、事務員をしている。
英治より年上の32歳独身である。
「おはよう陽子ちゃん、今日も可愛いね。」
主任は軽く手を挙げて話しかける。
「セクハラですよ。」
「セクハラですね。」
陽子と英治は声をそろえて言う。
「セクハラっていうのは、『陽子ちゃん、おっぱい見せて』とか言うことだろう。」
「それはセクハラではなく性犯罪です。」
セクハラ云々よりも、社長の娘に対しての態度ではないと思う英治だ。
主任と陽子はもう6年も一緒に仕事をしている為、社長の娘だからという認識は主任にはないようだが。
「パトロールに行ってきます。昼には戻ってきますから。」
英治はヘルメットを手に事務所を出ようとした。
「ああ待て、今日は午前中に収支報告会議がある。そろそろ参加しても良い時期だ。」
英治は会議というものの経験がない。
会議と聞くと、サラリーマンぽいと感じてしまう。
「10時からだから資料を用意してくれないか。」
と渡された資料は手書きで数字が書きなぐられた表だった。
「エクセルでもワードでも構わないから宜しくな。」
「え、いやワードで収支表なんて作るわけないでしょう。これって陽子さんの仕事じゃないんですか。」
「何言ってるんだ、お前の勉強の為にわざわざ用意したんじゃないか。」
だったらせめて前日に言ってほしかった。
会議当日に参加だけでなく資料作りまでさせるなんて。
英治は文句を言うよりも、資料作りをした方が良いと判断し、キーボードを叩き始めた。
これがある意味罠だと知ることになるのは後からになってからなのだが。
「できましたよ。」
「おう、ありがと。じゃあ6部コピーしといてくれ。」
まだ9時だ。
会議までは時間があるが、新しく仕事を始めるには中途半端な時間だ。
「コーヒーいれるからゆっくりしたら。」
陽子は立ち上がり、奥の給湯室へと消えていった。
しばらくすると、陽子はマグカップを2つ持って戻ってきた。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
陽子はよくコーヒーをいれてくれる。
優しい人だと思っていた。
確かに優しいのではあるが、単に陽子自身が飲みたいのであった。
そして『ゆっくりしたら』とは、『私もゆっくりするから』という意味が込められている。
「英治君、未佳ちゃんと付き合ってるんだよね。」
全然ゆっくりできそうにない話題をふられてしまった。
「まあ、正式ではないのですが、そんなところですね。」
陽子は思わず噴き出した。
「正式にって、可笑しい。ホント英治君って面白い子ね。」
英治は年上からは面白いとか可愛いと言われることがある。
それが年下からすればめんどくさいとなるようだ。
「誰から聞いたんですか。」
「未佳ちゃんからだけど。」
「なんて言ってました。」
お互いにどう思っているのか確認していない。
そのことに気が付いた英治は、思わず陽子に探りを入れてしまった。
「いや、いいです。今のはナシです。言わないでください。」
そうだ、相手の気持ちは自分で確認するものだ。
未佳に対しては真っ直ぐに向き合いたい、そう思う英治であった。
読んでくださりありがとうございました。
次回更新は5日の午前9時です。次回も宜しくお願いします。




