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当たり前のことだって貴方となら楽しくなります。

 電車の次はバスに乗った。

 バスの二人掛け座席は、電車以上に距離が近く、それこそ肩が触れ合いそうだ。

「緊張しすぎだよ。それとも私に触るのが嫌なの。」

「いやそんなことないけど。」

「そうだよね、抱きついたんだから。」

「え、まだそこ言うの。」

「そうだよ、むっつりスケベくん。」

「・・・ていうか、いつの間にかタメ口じゃないか。」

「今頃、電車の時からそうだったよ。」

 変に緊張して未佳の言葉遣いに気が付かなかったのか、いやむしろ嫌な気持ちではないからこそ気が付かなかったのだろう。

「いいけど、仕事中はダメだぞ。」

「はいはい。」

「ハイは1回。」

「はぁーい。」

 田舎道を進むバス。

 突然車窓が明るくなる。

「英治くん、海だ。」

 車窓からの景色はどこまでも海が続いている。

 海は初夏の日差しを受けて、まぶしいほどに輝いている。

 波は穏やかなようで、幾人かのサーファーが見えるが、ただ浮かんでいるだけのようだ。

「すごい、青い。」

 海は青い。

 当たり前のことだけど、当たり前ではない。

 英治たちの街にも近くに海はある。

 しかし工業港であり、はっきり言うと海は青くない。

 灰色というと言い過ぎだろうが、はっきりとした色はない。

 海だけでなく、空も同様のことがいえる。

 海も空もただそこにあるだけで輝いている。

 当たり前のことなのに、二人は心踊らされた。

「次、降りるの次ですか。」

 興奮気味に未佳は言う。

「いや次の次。」

 冷静を装う英治だが、早く降りたい気持ちは一緒だ。

 ピンポーン

「次、停車します。」

 未佳は気持ちを抑えきれず停車ボタンを押してしまった。

「まだだってば。」

「大丈夫ですよ。ここでもいけますよ。」

 未佳はいそいそとナップサックを背負っている。

「いいよ、持つから。」

 英治はナップサックを受け取った。

 バスが停まったところは、何軒かの店が並んでいるだけで何もない場所だった。

 ラーメン屋に果物屋に喫茶店、どれも潰れて年数が経っている。

「ほら、海、海がすっごい見えますよ。」

「確かに見えるよね・・・。」

 海は確かに見えている。

 しかしそこには崖がある。

「この崖をおりるなんて無理だろう。とりあえず歩こう。」

 未佳はおどおどとしていた。

 怒られる。

 絶対怒られる。

 だが以外にも英治は何も言わなかった。

 吹き抜ける風が気持ちよく、どこかからトンビの声を運んできている。

「こうして歩くのも悪くないね。」

 英治はとびきりの笑顔を見せた。

 その笑顔がまぶしく見えるのは、初夏の日差しのせいだけではないのだろう。

 未佳は少し速足で歩くように、英治と足並みをそろえた。

 それでも少しずつ英治から遅れてしまう。

 英治は少し歩みを緩めるとともに、そっと左手を差し出した。

 二人は無言のままで手を繋ぎ、海に繋がる道を探した。

「あそこから海に行けそうだぁ。」

 未佳は言うやいなや、手を振りほどき駆け出した。

「ちょっと待って。」

 英治は慌てて追いかけたが、ナップサックが邪魔で早く走ることが出来ない。

 未佳は急な細い下り坂をものともせずに駆け下りていく。

 そして大きな岩に登ると、振り返って英治を見た。

「早く、早く、ここから砂浜ですよ。」

 英治は少しふらつきながらも、未佳の元に駆け寄った。

「年の差ですか。」

「荷物の差だ。」

 未佳は気にせず、岩の上から砂浜に飛び降りた。

 英治も続けて飛び降りた。

「うわ、靴の中に砂が入った。」

「靴なんか脱いで裸足になりましょう。」

 二人は靴を脱いで砂浜を駆け抜けた。

「イテ、貝殻が足に刺さる、まだ裸足は早かったか。」

 蟹股になって足をひょこひょこと上げる英治の姿に、未佳はけらけらと笑っていた。

読んでいただきありがとうございました。


次回更新は4日の昼12時予定です。

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