地方公務員って頑張ればなれますか。(後編)
それから2週間後に、1次試験の合格通知が来た。
英治は当然だという思いと、まだだという思いから喜ぶことはなかった。
2週間後に面接試験がある。
それこそが本番だ。
英治は社会保険や社会保障についての書物を読み漁った。
今まで知らなかったことだが、決して他人事ではない。
興味を持って読み進めることができた。
社会に貢献できる仕事、そう思うことで向上心が湧いてきた。
「再来週の日曜日は配置しないでください。」
英治は主任に電話で伝えた。
ハッキリ言っておかないと、休みすらもらえないくらいに配置されてしまう。
その分お金にはなるので有り難いのだが。
そして面接試験の日となった。
会場は前回と同じ市民センターだが、小会議室となっている。
前回同様に折り畳みテーブルが並ぶが、今回はゆとりがある。
受験者は15人のようだ。
そのうちの一人は、前回隣に座っていた女の子だった。
「あ、合格したんですね。今日もお互い頑張りましょう。一緒に働けるといいですね。」
「本当ですね。頑張りましょう。」
前回のような緊張は見られない。
むしろ余裕する感じられる。
今回頑張るべきは英治の方である。
別室にて個別の面接が行われる。
一番手は英治であった。
コン、コン、コン、ノックして入室する。
相変わらず窓一つない殺風景な白い部屋に、ポツンとパイプ椅子が置かれている。
そして前には3人の年配男性が座っている。
皆、机の上に置かれた書類に目をやり、顔をあげていない。
「それでは志望動機を手短にね。」
「はい、私は公務員という仕事を通じて社会貢献できるとし、精一杯の力を注ぎたいと考えています。その為には・・・。」
「手短でいいんだって。それじゃお疲れさま、今日はもういいよ。」
結局誰も顔を上げなかった。
これで何が分かったのだろうか。
やはり試験は公正ではない、そう感じずにいられなかった。
それから1週間、英治はモヤモヤした気持ちが整理できずにいた。
届いた通知は当然のように不合格であった。
どうすればよかったのか、なんて考える余地もない。
初めから、目指したことから無謀だったと言わざるを得ない。
今日は住宅造成地の現場である。
真砂土を運ぶダンプカーが道路に出る時に、タイヤに付いた泥を高圧洗浄機で洗い落とす。
タイヤの裏に付いた泥は上手く落とせない。
車体に潜りこむようにして洗い落とす。
すると顔中に泥が跳ねかえった。
現場の誰よりも汚れていた。
現場の誰よりも惨めだと感じた。
英治は泥にまみれた手のひらを睨んだ。
今なら何でも握りつぶせる、そう思えるほどに力がみなぎっている。
けれど活かせる場所がない。
逃げ出したい、抜け出したい。
でも先が見えない。
道が見えない。
こんな仕事辞めてしまいたい。
辞めるために、抜け出す為に頑張ってきたのに。
もうどうしたらいいか分からない。
誰か、誰か、誰でもいいから道を教えてほしい。
英治は溢れ出す涙を止めることが出来なかった。
涙は泥に覆い隠され、誰にも気付かれることはなかった。
英治は帰りに事務所に呼ばれていた。
顔を洗って着替えたものの、汚れた感触はそのままで、一刻も早くお風呂に入りたかった。
ましてや今は色々と考えたくなかった。
だから事務所に呼ばれたことは非常に不愉快なことであった。
事務所に入ると、いつもの主任と普段は顔を出さない支店長が待っていた。
「何か御用でしょうか。」
主任が不自然な位に笑顔で気味が悪い。
「英治、お疲れ。今日はな、お前に良い話があるんだ。」
良い話と言われると、良い話とは思えなくなるのは何故だろう。
英治は支店長の方を見た。
支店長は恰幅の良い中年男性・・・に見えるが主任と年齢は変わらない。
社長の甥っ子とのことで、この会社で何をしているのか、おそらく主任も知らないはずである。
「君が英治君だね。評判良いよ君。」
『君』が被ると『気味』が悪い、などと考えるなんて年を取ったものだ。
英治は心ここにあらず、早く帰りたいばかりであった。
「ところで君、社員にならないか。いつまでもフリーターじゃいられないだろう。」
『フリーター』そうかフリーターなんだ。
自分は世間一般で言うところのフリーターなんだ。
そう思うと寂しくなった。
自分は社会から零れ落ちてしまったんだと実感した。
そして・・・社員に誘われた英治に断る理由はなかった。
自分が必要としてくれる場所で働く。
それが英治の自尊心を保つ唯一の逃げ口上だったのだ。




