地方公務員って頑張ればなれますか。(前編)
「次の日曜日には配置入れないでください。」
英治は主任にそれだけを伝えた。
次の日曜日は試験だ。
介護保険を管轄する地方行政の広域連合会である。
英治は地方公務員を目指していた。
コネがないとなれない、町長に300万円包むとなれる、などと噂が広がる中で、英治はある決意を胸に秘めていた。
―圧倒的な実力で、俺を欲しいと思わせてやる。
何のコネも伝手もない英治にとって、そんな子供染みた言葉だけが希望だった。
そして日曜日がやってきた。
会場は、とある市民センターの大会議室だ。
窓も味気もない大部屋に折畳みの長机が狭苦しく並べられた虚無空間。
定員3名の枠に200名を超える応募があったのだ。
英治は送られてきた受験票で番号を確認し、指定された座席に腰を下ろした。
『52』それが英治の受験番号である。
『ご自由に』と読めることから、好きな数字の一つである。
不思議と緊張はしていない。
受験票を机の上に置き、その横に外した腕時計を置いた。
長机は二人掛けである。
右隣には大学生だろうか、リクルートスーツの女の子が座っていた。
女の子の顔は強張っていた。
前下がりボブの黒髪が小刻みに震えている。
「すみません、今何時ですか。」
英治は女の子に声を掛けた。
女の子は少し驚いたものの、すぐに自分の時計を確認すると、時刻を英治に伝えた。
その声は、どうにか聞こえる位に小さかった。
「ありがとうございます。いや実は時計あるんですけど、それも昨日買ったばっかりで。でも100円ショップなんですよ。なんかもう狂っちゃってて、ホントに安物買いのナントカですね。」
「銭失いですか。」
「そうそれそれ。しかしこんなに受験者がいるなんて驚きました。」
「本当ですね。私は父が公務員なんですけど、改めて父ってすごいんだなって感じました。」
「お父さんが公務員なら合格は決まったようなものでしょう。」
女の子は首を振った。
「とんでもない。1次試験は実力勝負だからって。どうにもできないから頑張りなさいだって。」
それでも1次にさえ通れば何とかなるって事だ。
まあ、この人数で尻込みしてしまうのも当然と言えば当然である。
一方で、英治のように何人いようと関係ない人間もいるのだが。
「試験前に話しかけてごめんね。お互い頑張りましょう。」
英治は満面の笑みを浮かべた。
「こちらこそ、ありがとうございます。がんばりましょう。」
女の子も笑みを浮かべた。
先程までの緊張感は嘘のようだ。
英治の行動は、恐らく合格枠を一つ減らしてしまったことだろう。
それでも英治は関係ないと思っていた。
試験が始まった。
一般常識問題という、一般正解率の低い問題ばかりが並んでいる。
それでも英治は手が止まることなく進めていく。
答えは五者択一のマークシート方式である。
考える時間より、マークする時間の方がかかる位だ。
はみ出したり、薄かったり、機械は読み取ってくれるだろうか。
正答よりも気になるところだった。
そして時間を多く残して解き終わった。
あまり見直すと妙な迷いが生まれてしまう為、見直しは単純なマークミスの確認だけにとどめた。
なるべく音を立てないよう、ゆっくりと会場を退出した。
すると会場の外で二人の中年男性が立ち話をしていた。
着古したスーツ姿から見るに、二人は職員なのだろう。
「こんなに大勢受験するなんて迷惑だな。」
「本当だよ、おかげで会場変更したり、休みに駆り出されたりだし。ちゃんと残業代出るんだろうな。」
「どうだろうな。公務員なんて予算がなくなれば終わりだからな。」
英治の心に黒い何かが渦巻いていた。
だが今は考えたくなかった。




