車中にて
道路際に少女が一人で立っていた。
グレーの綿パンに紺のトレーナー、デニムのジャンパーと女子力を抑えた服装だ。
未佳である。
英治は未佳のすぐ近くで愛車(といっても車に興味はなく、あまり大事にはしていない)の軽自動車を停めた。
「待たせてゴメンね。」
「いいえ、そんなに待ってないですよ。約束の時間前ですし。」
英治は何だかデートっぽい会話だなと考えながら、いつもより慎重にアクセルを踏むことにした。
改めて未佳を見ると、デートっぽくない服装だな、と思ったけれど、自分も着古したシャツとデニムであり、まあお互い気兼ねない格好で良かったと感じた。
「軽自動車なんですね。ずっと乗っているんですか。」
特に意識した言葉ではないのだが、英治には違う意味に聞こえていた。
「まあ、よく軽自動車が似合わないと言われるよ。まだ乗って三年だけど、元々が中古だったからね。車にはお金を掛けない主義なんだ。」
「そういうつもりじゃなかったんですけど・・・。」
英治もそういうつもりではなかった。
とくに感情もなく、挨拶程度のつもりだった。
「俺も嫌味でいったつもりはないよ。」
少しうつむいた未佳を見て、英治はクスクスと笑った。
その様子に未佳は少しだけムッとした。
そんな未佳に対し英治は益々笑顔になった。
正直なところ、英治は未佳の顔をあまり覚えていなかった。
こんな感じだろうという印象だけだった。
カラーコンタクトをしているけれど化粧っ気はなく、むしろスッピンのようだ。
ピアスもシンプルなデザインで、別に目立つものではない。
少しふっくらしているが、かえって若さが引き立ち、健康的に見える。
ふと、未佳の口元がゆるんだ。
見ると並んだ車の窓から柴犬が顔を出していた。
「イヌ、好きなんだ。」
未佳は照れたように笑う。
「好きですよ。でもお母さんが動物嫌いで、飼えないんですよ。」
ふうん、とそっけなく答える英治。
「だから頑張ってお金貯めて、一人暮らし始めて、プードルを飼うのが目標なんです。」
「へえ、なんか一人暮らしでイヌ飼ってると、結婚できない女ってイメージあるけどね。」
未佳は目を大きく見開いた。
犬を飼うだけでそこまで言われるか、そんな考えがハッキリと感じ取れる表情だった。
「で、プードルってなに。」
「プードルは犬ですよ。そんなことも知らないんですか。」
「いやそうじゃなくて、なにプードルを飼うつもり。トイ、ミニチュア、スタンダード。」
未佳は真顔に戻っていた。
プードルにも種類があるんだ。
「えっと、ふつうのプードルです。だからスタンダードかな。」
英治は思わず噴き出した。
「普通のプードルって小型犬の感じでしょ。スタンダードは大きいよ。小っちゃい人が入ってるんじゃね。って思うくらい。」
未佳は恥ずかしそうにうつむいた。
英治は雅人の言っていたことを理解した。
確かに可愛い。
それは顔立ちではなく、コロコロと変わる表情や感情、動きのことだろう。
それらをひっくるめて可愛いと感じるのだ。
「可愛いってよく言われるだろう。」
「え、まあ女の子からは言われます。」
未佳は益々うつむいてしまった。
何の気なしに言ってしまった英治であるが、しばらくすると恥ずかしさが込み上げてきた。
軽自動車の座席は広いものではない。
肘と肘が触れそうな距離感に、さっきまで感じられなかった近さを感じる。
近すぎる。
今は少しだけ離れたい。
そう思えば思うほどに恥ずかしくなってくる。
「なんかコロコロしてて子豚みたいに可愛いよね。」
そう、これは動物的な可愛さだ。
そう思わなければ、この恥ずかしさは拭えなかった。
そしてこの作戦は功を奏することになる。
ただ、動物のたとえが悪かったのだが。
「コブタってどういうことですか。」
「いやどうということはないけど。」
「太ってるって言いたいんですか。」
「いや全然太ってなんかないからね。あくまでイメージというか。」
「イメージでも同じゃないですか。」
普段の英治なら不毛な言い争いは避けただろう。
だが今、この時が楽しいと感じていた。
「ごめん、ごめん。おわびにお昼おごるから。」
「はあ、最初からおごる気がなかったんですか。自分から誘っておいて当然のことでしょう。それとは別にお詫びを考えてくださいね。」