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何もない、何もなかったけれど。

 老朽化したビルの解体工事に配置された未佳。

 ビルは巨大なビニールの様なものに覆われていて中は見えない。

 時折大きな破壊音が聞こえてくるが、何をしているのか皆目見当もつかない。

 大きな鉄製の門の前に立ち、重機搬入の誘導をする。

 しかし重機は来ない。

 今日はただ立っているだけで何もない。

 立っているだけでお金がもらえるなんて嬉しい。

 そう思えたのは初めの30分くらいなものだろう。

 今は何かの罰ゲームでしかないと感じている。

 しかも場所が悪かった。

 商業地区のど真ん中である。

 スーツ姿のOLやおしゃれをした若い女性が行き交う中、警備員の服装でいるのは、同じ女性である未佳にとって辛いものがあった。

 すると目の前に黒塗りのいかにもな高級車が停車した。

 先日の件があった為、黒塗りの高級車に対し嫌悪感を抱く未佳であった。

 そして運転席のドアが開き、降りてきたのはスキンヘッドでアロハシャツを着た、いかつい中年男性だった。

 いかつい中年男性が後部座席のドアを開ける。

 後部座席から降りてきたのは、サングラスを掛け、派手なスーツを着た初老の男だった。

「お嬢ちゃん、現場監督はどこかね。」

 男は優しい言葉で未佳に話しかける。

 だがその顔は笑っていなかった。

「監督でしたら、そこのプレハブにいます。」

 男は未佳の言葉を終わりまで聞かず、プレハブに向かって歩き出した。

 通常であるなら部外者を安易に立ち入らせてはいけない。

 しかし未佳は断ることができなかった。

 男は速足でプレハブに入っていった。

 運転していた中年男性は、車のすぐわきで姿勢を正し、いわゆる『気をつけ』の態勢で待っている。

 未佳も自然と直立不動となっていた。

 中年男性は決して動かない。

 それが未佳にとってプレッシャーとなっていた。

 普通じゃない。

 それだけはハッキリと分かる。


 どれぐらいの時が流れただろう。

 10分かもしれないし、15分かもしれない。

 しかし未佳には とてつもなく長い時に感じられた。

「お嬢ちゃん。」

 突然後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、例の派手なスーツの男性がすぐ後ろに立っていた。

 未佳は無言かつ無表情で、男性から距離をとった。

 すると男性は未佳に目をやることもなく、車に乗り込んだ。

 そして黒塗りの高級車は、何処ともなく去っていった。

 未佳はしばらく呆然としていた。

 ふと見ると、現場の鉄製の門には看板が掛けられている。

『反社会的組織には屈しません。』

「いやムリムリムリムリ、絶対無理だから。あれはナイ。」

「何が無理なんだ。」

 その声の先には英治がいた。

「どうして英治さんがここにいるんですか。」

「どうしてって、パトロールだよ。きっと暇を持て余しているだろうなって思ったしね。」

 未佳の喉の奥が熱くなった。

 瞳からは大粒の涙があふれていた。

「どうしたの、何かあったの。」

 英治は未佳の様子に慌てふためいた。

「どうしてもう少し早く来てくれなかったんですか。」

 口ではそう言ったものの、心から安心した未佳だった。

 



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