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クレームですか。(後編)

 市議会議員と言われても、人口5万人程度の小さな市政だ。

 そんなに力を持っているのだろうか。

 しかも英治は隣の市民だったりする。

 それでもこの場を収めるには謝るしかなかった。

「大変申し訳ありませんでした。」

 これ以上の言葉は思いつかない。

 頭を下げ続ける英治の姿を遠目で見る未佳は、胸が苦しくなっていた。

 それでも今は仕事に集中しよう、そう言い聞かせて立っていた。

「この埋め合わせは致しますので、今日のところは収めていただけませんか。」

 そう言ったのは、監督とは違う作業着姿の若い男性だった。

「若旦那が言うのなら・・・まあ私も子供ではないからな。」

 議員の顔がいやらしく歪んでいた。

「ありがとうございます。」

 英治は再度頭を下げる。

 若旦那は英治の肩を軽く叩いた。

「ありがとうございました。」

 英治は若旦那に頭を下げた。

 議員は振り返ることなく立ち去り、そばにとめていた黒塗りの高級車に乗り込んだ。

 もう一人の痩せた男性は運転手だったようだ。

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」

 英治の言葉に若旦那はニヤリと笑う。

「まあ、あれくらいが一番威張りたい輩だよね。こちらも色々と世話になってるから、まあ貸し借りなしだよ。君も苦労するね。」

「いえ、そんなことはありません。」

 英治と若旦那は初対面ではない。

 この若旦那は、ある大手建設会社の御曹司である。

 修行と称して子会社の支店長を務めているのだ。

 つまり本当に若旦那というわけである。

 英治と変わらない年代であり、変わらない長身であり、しかしながら立ち振る舞いには英治にはない余裕が感じられる。

 所謂ところの育ちの差というものだろうか。

 英治は劣等感を感じずにはいられなかった。

「すみませんでした。」

 作業が中断したようで、未佳と雅人は駆け寄ってくるなり頭を下げた。

「ああ、いいですよ。次は気を付けてくださいね。」

「よくありません、私のせいで英治さんが頭を下げたんですから。」

 英治は未佳をチラッと見ただけで、溜息交じりに答える。

「それが俺の仕事だよ。」

 若旦那は未佳を見た。

「君みたいな子が警備員なんてやってるの。」

「警備員なんてってどういう意味ですか。」

 雅人が割って入る。

「君も学生さんだね。まあ深い意味はないよ。ただ、こんな可愛い子なら警備員なんて大変な仕事しなくても他にありそうだなって思っただけ。」

 未佳は可愛いと言われたものの、なんら嬉しくはなかった。

 むしろ嫌悪感を覚えるほどだった。

「議員さんの件は上手く丸め込むから、いつも通りにお願いね。」

「はい、ありがとうございました。」

 若旦那は未佳に目配せして去っていった。

「なんだあいつ、議員より偉そうじゃね。」

 雅人は吐き捨てるように言った。

「ある意味議員より偉いよ。ここの支店長ですから。」

「支店長・・・って偉いのか。英治さんと歳変わらない位っすよね。そんな若くして偉くなれるんすか。」

 英治は苦笑いをした。

「親会社の社長の御曹司だからね。将来は地方の市議会議員なんか頭が上がらない位に偉くなる人ですよ。」

「うえ、超大金持ちかよ。そのうえ見た目も良かったし、勝ち組ってヤツっすね。」

「そう、だから俺なんかと比べないでね。」

 未佳は少し不機嫌につぶやいた。

「私は英治さんの方がいい。」

 その言葉は雅人にも英治にも聞こえなかっただろう。





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