クレームですか。(前編)
「お前んとこ会社はどうなってんだ。」
電話越しからでも伝わる威圧感。
「少々お待ちください。ただいま担当と代わりますので。」
主任はいたって冷静に対応している。
さすがだなと見ていた英治にこう言った。
「英治、クレームだ。任せたぞ。」
英治は訳が分からなかった。
「ほら、お客さん待たせると状況が悪くなるばかりだぞ。」
英治は慌てて受話器をとった。
「大変お待たせしました。申し訳ありません、どういったご用件でしょうか。」
「どうもこうもない、お前んとこの警備員が議員さんを怒らせたんだよ。」
全く話が見えなかった。
「申し訳ありません。できましたら詳細を教えていただけませんか。」
「なんだと・・・」
どうやら火に油を注いだようだ。
英治は慌てて言い直す。
「申し訳ございません。すぐにそちらへ伺います。」
受話器を置いた英治に主任が近づいてきた。
「バカだな。そういうときは平謝りして、後から状況を聞くんだよ。まあ、現場は近くだし、とりあえず行って頭を下げてこい。」
俺が悪いのか、英治は納得がいくわけがなかったが、ここはとりあえず現場に向かうことが先だ。
その現場に今日配置されていたのは・・・未佳と雅人だ。
簡単な道路工事だったはずだが。
考えても状況は分からない。
未佳か雅人に連絡を取れば良いのだが、状況が分からないうえ、二人から連絡がない以上、こちらから連絡するのは得策ではないかもしれない。
現場は事務所から車で10分ほどだった。
緩やかな曲がり道の片側車線を通行止めにしての道路工事だ。
片側車線の区間も短く、お互いの姿や状況も視認できる比較的簡単な作業のはずだ。
未佳と雅人は片側通行の誘導を継続して行っている。
その傍らで5人ほどの人だかりができている。
英治は少し離れた場所に車を停めると、小走りで人だかりに近づいた。
「大変ご迷惑をおかけしております。申し訳ありません。」
5人の目線が一度に英治に向かった。
英治は軽く息を切らせて、さも急いできました観を演出している。
主任からの入知恵である。
「貴様があいつらの上司か。えらく若いな、この会社はどうなっているんだ。」
スーツ姿の恰幅のよい初老の男性が、腕組みをして話しかけてきた。
その声には威圧感が込められている。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。お恥ずかしながら状況が飲み込めておりません。どういった内容でしょうか。」
スーツの男は踏ん反り返って何も言わない。
隣にいた痩身で明るいグレーのスーツを着た、物腰の柔らかい年配男性が口を開こうとした。
しかし作業服を着た中年男性がそれを遮るように話しだした。
この現場の監督である。
「お宅の警備員のミスで、あわや大事故になるところだったんだよ。」
「それは大変申し訳ありませんでした。」
英治は深々と頭を下げた。
状況はこうだ。
道路の片側車線を通行止めにして、ガス管の埋設工事を行っていた。
未佳達は片側交互通行の合図誘導を行っていたが、ちょうどこの男性の車を通した時、工事していたパワーショベルが旋回し、そのバケットが車の近くを通過したのだ。
勿論接触はしていない。
しかし大事故に繋がる可能性も有る為、パワーショベルの旋回にも注意を払うべきだろう。
未佳達には少し重荷だったかもしれない。
でもそれがクレームにまでなるとは。
それはこの男性が、市議会議員だったことが問題なのであった。
「このわしを誰だと思っとるか。わしの言葉ひとつで、お前ら明日から無職だからな。」