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明日の配置はどこですか。

「お疲れ様です。明日の配置はどこですか。」

電話ごしの柔らかく可愛らしい声が響いてくる。

「今日と同じ現場だけど、三十分早く来てほしいって。大丈夫かな。」

低く落ち着いた穏やかな声で問いかける。

「はい、大丈夫です。」

「それじゃあよろしくね。」

「はい、ありがとうございました。」


ここはとある警備会社の事務所である。

警備と言っても工事現場や道路工事の警備と駐車場の管理がメインの地場企業である。

総勢三十名の警備員が登録されているが、そのほとんどがアルバイトだったりする。

英治はここで警務をしている。

警務というのは警備員のリーダーだ。

オーダーを受け、配置を決める。

新人教育や営業もこなす社内の何でも屋的存在の二十六歳である。

大学を出たものの、良い就職先に恵まれず、あくまでバイトとして警備員をやっていた。

だがすぐに主任の目にとまり、正社員にならないかと誘われた。

職に困っていた英治は、必要とされることが嬉しく、二つ返事で了承した。


未佳は登録している警備員の一人で、定時制高校に通う十八歳だ。

中学の時にイジメに遭い、高校進学をあきらめていた。

しかし高校は出るよう両親から説得され、定時制へ通うことになった。


未佳が警備員の面接に来た時、英治が面接室に案内した。

面接は主任が行った為、未佳と英治は一言二言交わしただけだった。

面接が終わると主任が笑顔というかニヤケ顔で英治に話しかけてきた。

「おい英治、喜べ、女子高生が入ってくるぞ。」

英治は机の上の書類を整理しながら耳を傾けた。

「あのこ高校生なんですね。若いなあとは思ったけれど。」

ただ、ジャージ姿の未佳に華は感じられなかった。

「きっと家計を助ける為なんだろう。健気で良い子じゃないか。」

どうして面接した当人が、想像で話しているのか。

たいした面接ではないことが覗える。

「健気って、あのこピアスしてましたよ。」

「それくらい珍しいことじゃないだろう。」

「でも三つしてましたよ。カラコン入れてましたし、髪も染めてましたし。」

主任は口をポカンと開けた。

ちなみに主任は英治より十歳上の既婚者である。

「お前、どんな観察眼してんだよ。見すぎだよ。ストーカーか。」

英治は少しムッとした。

「一目見れば分かるじゃないですか。大体ジャージだって高いんですよ。お金に困っているとは思えませんね。」

主任も同様にムッとした。

「なんだよ、お前彼女いないから丁度いいと思ったのによ。新人教育も任せようと思ったが俺がやる。泣いて悔しがっても知らんからな。」

「忙しいので助かります。」


そうして次の日から未佳の研修が始まった。

と言っても一日だけで、二日目からは即現場配置だった。

英治は他の会社で定年を迎えた年配者と未佳を組ませて、簡単な交通警備に配置した。

それから一週間、交通警備に配置した後で、比較的難しくない工事現場に配置した。

未佳は特に評判が良いわけでもなく、かといってクレームがくることもなかった。

「クレームがこないってのは良い証拠だ。」

「でも良い人は指名がかかりますよね。もっとも俺も指名かかったことないんですけど。」

「まあそうだな、お前は指名多かったぞ。楽させるわけにはいかんので、断っていたがな。」

少しは楽をさせてくれ、そう思いながらも、自分にも指名があったことの方が嬉しい英治であった。


「未佳ちゃんかわいいっすね。今度おなじ配置にしてくださいよ。」

茶髪をツンツンに立てた大学生の雅人は言った。

警備中は帽子やヘルメットをかぶるため、仕事帰りはペッタンコである。

現在2年生なのだが、留年が確定している為、中退する予定である。

英治には人生を甘く見ていると感じられ、好感は持てずにいた。

しかしながら主任の評価は高かった。

可もなく不可もないからだ。

「スーパーマンなんかいらない。」それが主任の口癖だ。

優秀な人間は一握りであり、優秀であればあるほど後任がダメに見えてくるものらしい。

確かに英治には身に覚えがある。

以前に小さな交差点のど真ん中にあるマンホールの工事があった。

英治は交差点の真ん中で、見事に交通誘導を行った。

路線バスの経路でもあった為、バスの誘導も行った。

翌日は別の人が配置されたが、車が通行できないということで工事は中止された。

配置したのは年配者だが、しっかり者で評判の佐々木さんだった。

佐々木さんは愚痴りながら事務所に戻ってきた。

「昨日の人はバスも通していたぞって言われたけど、通るわけがない。あんなでたらめ言われるとは思わなかった。もう二度とあの現場には配置しないでくれ。」

英治はとても自分がやったとは言えず、作り笑いをするだけだった。


「おい英治、明日は仕事少ないし休んでいいぞ。」

三週間ぶりの休みだ。

休むのが当然なのに有難いと思ってしまう英治であった。

ルルルルル・・・

事務所の電話がけたたましく鳴る。

主任はトイレに行ったばかりで、事務所には英治しかいない。

英治は渋々受話器を取った。

「お疲れ様です。明日の配置はどこですか。」

電話の主は未佳だった。

机の上に置かれた配置表を見るまでもない。

未佳は明日はお休みだ。

だがその時、英治は思わず口走っていた。

「明日の配置は水族館だ。俺と一緒に遊びにいくぞ。」

数秒の沈黙が過ぎた。

「はい、わかりました。待ち合わせ場所はどこですか。」

誘った英治が戸惑うほどに、明快な声が届いてきた。

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