魔王の城の衛兵さん(読み切り)
「ダメダメ。ここは通しちゃダメってことになってるんだから」
ここは魔王様の部屋へと通じる、たった一つの通路だ。
俺は魔王様からここを任された親衛隊の中の親衛隊。選び抜かれた衛兵だ。
この通路を通ろうとするフトドキな連中を
体を張って妨害し、魔王様をお守りしてきた。
「そんなこと言わずにさぁ。ね? 通してよ。
お願いだからぁ~」
「何度言わせるんだ。もしここを通りたければ、
貴様の実力でもって、この俺を倒して見せろ!」
今日も今日とて、俺は自分の任務を忠実にこなしていた。
今日のフトドキ者はヒヨリと名乗る女戦士。
やけに薄い布でできた鎧をまとい、
ポキリと折れてしまいそうな細い剣を腰に下げていた。
到底まともな戦いができるとは思えない、きゃしゃなやつだ。
「ダメだよ~? そんな乱暴なこと言っちゃ、や~だ!
ヒヨリと仲良くしよ?」
「何なんだお前は。お前と俺は敵同士。決して相いれることはないんだ」
もうかれこれ30分ほど、言葉の押し問答が続いている。
「ヒヨリはね、魔王さんと仲良くしたいだけなんだぁ。
だからね、衛兵さんもそこをどいてくれるとうれしいんだけど」
「そんなことを信じるバカがどこにいる。
それ以上近づくと、貴様の身体を真っ二つにしてやるぞ」
「え~、なにそれ野蛮~。
ちょう危険思想じゃん? そういうのよくないよ」
えー、なんなのこいつ。
マジで帰ってくれないかな。
「わかった。ヒヨリ、今日はあきらめるよ。
でもね、明日は絶対そこを通してよね。
ヒヨリと衛兵さんとの、や・く・そ・くだよ☆」
「知るかよ。そんな約束。
そんなもんゴミと一緒に燃やしてやるよ!」
次の日。
「やっほー☆ ヒヨリ、今日も来たよ」
「ったく、また来たのかお前……
って、えええええ!? 何なのそれ」
ヒヨリはムキムキの体に、顔だけ前と同じ童顔の状態でやってきた。
「ヒヨリ、徹夜して修行したんだよ。
ちょー強くなったんだから」
「待て待て待て!
なんかその、もうちょっと『きゃしゃ』な感じだったじゃん。
それなりに可愛かったのに……どうしちゃったの」
ムキムキになったヒヨリは、
モジモジとしてから舌をペロリと出した。
「テヘペロ♪ じゃないよ。
なんかイメージが崩されたというかなんというか……。
まあいいや。なんか気持ち悪くなったし、遠慮なく戦うか」
俺は闇の力を解放し、凝縮した力で巨大な剣をつくり出した。
ヒヨリが両手をブンブン振って、「ち、違うんだよ~」と焦っている。
俺が剣を振りかぶるたびにヒヨリは涙目になって、
「話を聞いてよ~」と両手を合わせる。
「……なに。なんなのもう、興がそがれるんだけど」
俺は半分脱力して、剣をおろした。
それを見てほっとした様子のヒヨリが、
「あのね、今日は友達を紹介したくて、連れてきただけなんだよ」
と、通路の角に向かって手招きする。
通路のちょうど曲がり角のところから、髪の長い女がこちらを覗き見をしてきた。
「……なに。あれ」
「京子ちゃん」
「ハァ?」
俺が眉をよせると、京子ちゃんと紹介されたその黒髪の女は、
手をひらひら振ってこっちに挨拶してきた。
ヒヨリが期待するような目でこっちを見てくる。
「……いや、別に振り返さねぇよ?」
「京子ちゃん、恥ずかしがり屋だからさ。
ちょっとくらい、手を振ってあげてよ」
ヒヨリは頼み込むように、俺の目を見つめてくる。
「ちっ……しょうがねぇな。ほら」
通路の角から手を振る京子に、手を振り返す。
「グァァ!?」
すると、京子は突然苦しみはじめ、けいれんを始めた。
「京子ちゃん!?」
ヒヨリが京子に駆け寄って青ざめる。
「そんな……京子ちゃんの超能力、『手を振り返したら死ぬ』が
跳ね返されてしまうなんて」
「えええぇぇぇ!?」
なにそれ。その冗談みたいな能力。
「……想定外だったわ。ここまで、コイツが強いなんて」
うわ、ヒヨリすごく深刻そうな顔してるじゃん。
しかもさっきまで「衛兵さん♪」とか言ってたのに、「コイツ」呼ばわりかよ。
こえーな! ヒヨリこえー!
「おい、衛兵。今日のところはこれくらいにしておいてやる。
京子ちゃんの敵は、絶対取ってやるからな!」
ヒヨリは捨て台詞を残し、京子を担いで去っていった。
「いや……別に、俺のせいじゃなくね?」
通路にひとり取り残される形になった俺は、
なんとなく物悲しい気持ちを持て余しつつ、そっと涙をぬぐう。
こうして魔王様の平穏は、衛兵の活躍により、今日も守られたのだった。